なまえと比べても低い位置にある頭と、穏やかなしわの刻まれた顔。なまえと鬼灯は今、その人の良さが容貌からにじむ彼―鬼蓮に連れられてとある小学校の中を見て回っていた。小学生相手の講演会の前座として設けられた視察の場で、なまえはふわりと顔をほころばせる。 「わあ、今の学校ってこんな風になっているんですね…」 「昔と比べると設備も整いましたよね」 「学校に行くのも楽しいでしょうね!」 寺子屋時代とは違い整った環境にのびのびと過ごす子供たちは笑顔があふれていて、こちらまで楽しくなってしまう。 ゆるりとこぼれてしまった笑みをたたえて周囲を見渡すなまえ。彼女の隣に佇む鬼灯は、やわらかに心が安らいでいくのを感じながら彼女を見守っていた。 鬼蓮の話によればアイドルでありなまえの友人でもあるマキとミキもこの小学校が母校らしく、幼い頃から変わらない彼女たちの様子を話に聞いて思わず微笑む。学級委員だった唐瓜や自由奔放な茄子もその性質は変わらず健在だったようだ。無垢で愛らしい彼らを思い描いて眦をゆるめる。 「鬼灯様の小さい頃って学校は…」 「ありません。でも教えを乞う所はありました」 「鬼灯さんって、意外とやんちゃだったんですよね」 「そうですねぇ、パラパラ漫画とか描いちゃったりしてました」 以前耳にしたことも併せて鬼灯の語りを聞く限り、じわじわとこちらに向かって近づいてくる般若の顔を描いたりだとか、罠をしかけて危うく恩師をまっぷたつにするところだったとか、彼は案外いたずら好きの問題児だったようだ。子供の可愛いいたずらでは済まされないことも多々していたのは想像に難くないけれど、詳細は伏せていて欲しいような知りたいような、複雑な思いだ。 それでもいたいけなぽってりとした手が落書きに勤しむところは可愛らしく思えて、慈しみのにじんだ微笑みをくすりともらしたなまえに鬼灯は小さく首を傾げた。 「そういえば私の話ばかり聞き出されて、なまえの小さな頃の話はあまり知りませんね」 「そ、そうでしたっけ。だって鬼灯さんの子供時代って想像しただけでかわいいんですもん……」 「…一応ほめ言葉として取っておきますけど、なまえの方が可愛らしかったと思いますよ」 愛くるしく鬼灯を慕っていた幼子の姿は未だ鮮明に脳裏へ浮かばせられる。起き抜けのとろりと潤む瞳ややわらかに細まるあどけない双眸を想起して、鬼灯はわずかに眉のしわを和らげながらそっと囁いた。 校内を案内してくれている鬼蓮には聞こえないようにつむがれた思いがけない言葉にほんのりと頬を火照らせながら、気恥ずかしさをはぐらかすようになまえは自身の幼き頃に思いを巡らせる。 寺子屋に通っていたのは1年にも満たない期間だったので、記憶に残っていることといえば同じくらいの年齢の子供たちが並んで座り、師の言葉に耳を傾けるあの静寂がたゆたう空間くらいだ。 頬に手を当ててそう言うなまえはやはり優秀な模範生だったことがうかがえる。確かに彼女は率先して何か問題を起こすような性格ではないので妙に納得してしまった。 「あ、でも、休憩の時間に落書きしていたらよく笑われました…」 「そのときから類い稀なる芸術センスは活躍していたんですね」 「……」 「……」 「……ま、まぁまぁ絵が下手だなんて欠点があって可愛らしいじゃないですか」 むっと上目に睨むなまえと彼女のいささか鋭い視線を難なく受け止める鬼灯。無言の時に耐えきれなくなった鬼蓮は慌てて2人を諫めようと引きつった笑みを浮かべた。 しかし彼らの応酬は止まらない。鬼蓮の言葉に片眉を上げた鬼灯はぴしゃりと否定する。 「いえ、なまえのそれは欠点のひとつです」 「な、そこまで言わなくてもいいじゃないですかっ」 「これは譲れません。大体、何故服のセンスは普通なのに物体の形象を描き出すとああなるんですか」 「し知りませんよ!気がついたらああなるんです!」 痴話喧嘩は犬も食わないということわざがよぎり、鬼蓮は目の前で飛び交う言葉にふう、とため息をつく。 他愛のないことで妻と小さな喧嘩をしてみたり、幼い頃はやんちゃ盛りだったり。有能な補佐官は液晶を通して見るより存外十人並みな様相をしていた。その飾らない内面を引き出しているのは彼女だろう、といつの間にやら頬をつままれているなまえに目をやった。 「あ、そろそろ時間じゃないですか?」 「そういえば…移動しましょうか」 「あ、あの、はなひてください……」 「なまえの頬は相変わらず柔らかくて良い感触です」 「私はよくないんです!」 ようやく鬼灯の手から逃れたなまえはもう、と唇を尖らせながらも彼の隣を離れようとはしなかった。諍いを起こしたあとでもまるで決まりごとのように寄り添う2人。これから先も、何があったとしても彼らの間に織りなされた絆が絶えてしまうことはないのだろうと思案して、鬼蓮は優しく微笑んだ。 「私、お二人に励まされました!」 「はい?」 「鬼蓮さん…?」 「ヤンチャは将来大物になる証!それをふくらませられる話こそあの子たちに聞かせなければならないものなのです!そして大人はそれにぶつかっていかなくてはならない……」 「ほう」 なまえたちのどこから気力をもらったのかは定かではないが、強い意志をめらめらと燃え上がらせる鬼蓮は教育方針をぐるりと変更したようだ。 子供たちの将来のために、と拳を振りあげる彼は教育者の鏡だな、となまえは感心しながら見つめた。 その後開かれた鬼灯の講演は地獄でなかったら犯罪促進に繋がるような破天荒なものだったが、俄然教師としての使命感に突き動かされているらしい鬼蓮に任せておけば心配ないだろう。彼から教育の場にも呼ばれ壇上に立つ鬼灯に瞳を移したなまえは、誇らしげに背筋を伸ばしたのだった。 |