雪合戦に参加することになったなまえたちはアーチをくぐって会場へと足を踏み入れた。 爪の先まで防寒具をまとっているのが目を引くのだろう、八寒の獄卒たちはもの珍しそうにこちらを見ている。 雪山に住む一本ダタラという妖怪に八寒名物らしいバナナで釘が打てるセット、なる物を貰いながら辺りを見回していると、開会の案内が響く。 傍目からもわくわくと浮ついて見えるなまえを見下ろした鬼灯は眉を寄せながら口を開いた。 「なまえまで参加するんですか?」 「はい、最近運動してなかったので身体が鈍ってて…」 「そうですか」 「……止めないんですね?」 眉間に刻まれたしわと眇められた黒曜色はなまえを引き留めたそうに見えるのだが、と首を傾げれば鬼灯はどこかあきらめたように息をついた。 「止めても出場するのは目に見えていますから……黙って出られるより傍にいてくれた方がいいです」 「心配、してくれるんですか?」 「…前にも言ったでしょう、なまえは私が守ると」 ぶっきらぼうに寄せられた言葉の節々には優しい音が秘められていて、ふわりと顔がほころんでしまう。淡く頬を桜色に染めたなまえが鬼灯を見つめると、呆れたような眼差しを向けられながらもぽん、と笠の上から頭を撫でられた。 「ですが、無茶はしないこと。いいですね?」 「はい、がんばります!」 ぎゅっと拳を握った向こう側に大会の本部が見えた。そこに揃い踏みしている八寒地獄の責任者たちが視界に飛び込んでくると、なまえは本来の目的を思い出したかのように我に返る。 失念していたけれど、雪合戦をしに来たのではなく、見学をかねて彼らに挨拶をしに訪れたのだった。なまえはすっかり緩んでいた気持ちを引き締めようと前を見据える。 八寒は閻魔大王の管理下にはあるものの、実際の運営は全て彼らに一任しているので独立を望む声もあると聞く。紋切り型の挨拶でもきちんとしておかなくては後々あと腐れすることもあるのだ。 「では私となまえは挨拶に行ってきます」 「大変ですねー」 唐瓜たちに見送られて鬼灯と共に本部へと向かう。目の前に佇む鬼灯たちに視線をうつした彼らに丁寧にお辞儀をして、ひと言ふた言交わしながら手みやげを差し出した。 「つまらないものですが…」 「これはご丁寧にどうも」 「今後ともよろしくお願いします」 「………」 「?」 何かの毛皮を被り物にした重鎮のひとりに含みのある目をちらりと投げられて首を傾ける。なまえが口を開きかけたその時、そっと鬼灯に腕を引かれて促されるままその場を後にしたのだけれど、彼の品定めするような視線はなまえの心に小さなしこりをつくることになった。 実のところ、彼こそが八寒の独立を誰よりも望み画策している人物であり、切り崩すのが難しい鬼灯ではなく情に弱そうななまえに目をつけたのだった。 とはいえ彼らが動き出すのはもう少し後のお話。 雪合戦の始まりを告げるアナウンスを耳にしたなまえは気合い十分といった具合に着物の袖を捲った。 「うわあ、春一さんお強いですね」 「それよりもなまえ様が結構身軽なのに驚きました…」 「え、そうですか?身体を動かすのは嫌いではないので」 つららをいくつも腕に抱えて新卒たちに"洗礼"を与える春一に感嘆の声をあげるなまえもまた軽い身のこなしで飛んでくる玉を避けている。 反撃こそしないが当てられもせず危機を回避する彼女はドッジボールでも生き残る部類に入るのだろうな、と唐瓜は想像した。 一方鬼灯は避けてばかりのなまえたちを叱咤しつつ先ほどの凍ったバナナでやり返している。 彼が遅れをとる訳はないが、意外な力を発揮しているのは動物たちだ。柿助はルリオの背に乗りつららを落下させ、シロは雪とうまく同化して奇襲をしかけている。 感心しつつ彼らに見惚れていると、こちらへ飛んできたつららに反応が一瞬遅れてしまう。はやてを纏いなまえへと達しようとしたそれに顔を腕でかばって衝撃に備えるけれど、いくら待っても痛みは訪れない。 恐る恐るまぶたを開けると、朱色を背負った大きな背がなまえを隠すように立ちふさがっていた。 約束どおり守ってくれた、と不謹慎ながらも嬉しさが胸にじんわりと広がる。 「なまえ、よそ見は厳禁です」 「鬼灯さん!」 「オウ、さすが鬼灯様」 なまえを狙ったのはどうやら春一だったようで、にらみ合った鬼灯たちの間にぴりぴりとした空気が流れる。 少しでも身じろげば針のむしろで突き刺されそうな、まさに一触即発といった雰囲気にこくりと喉を鳴らすと、それを合図に目にも留まらぬ攻防が始まる。 春一は素早い動きで玉を繰り出し、次々とそれを握りつぶす鬼灯……轟音をたてながらの一騎打ちに呆気にとられていると、つららが尽きてしまったのか春一は困ったように手のひらを見せる。 「玉がなくなった、もっとくれよう!」 「…あっ、鬼灯さんどこ行くんですか!?危ないですよー!」 「大丈夫ですよ」 春一の声を聞いてくるりときびすを返した鬼灯はつららの玉を崖上から投入している獄卒たちの元へ向かっていく。 またもやバナナを器用に使って氷の壁を上っていく鬼灯はどうやら既存のルールが気に食わなかったらしい。玉を補充する部隊も参加しろ、と鬼灯の手によって更に厳しくなっていく雪合戦に思わず苦笑が浮かぶ。 何とか上空から次々と降ってくる玉を避けて無事雪合戦を終え、ひと息つくなまえに唐瓜たちが駆け寄る。 「ふう……」 「なまえ様結局最後まで残ってましたね…」 「そういえば鬼灯様、なまえ様のいるところへはあまり玉投げてなかったような……?」 さくさく、と雪を踏みしめながら帰路につく。他愛ない話を進めていると、ふと思い出したようにルリオが首を傾ける。 どんなにうまく隠しても空から見ていた彼にはお見通しだったようだ。 なまえもひそかに思っていたことを口に出されて鬼灯を見上げれば、彼は眉を寄せながら至極当然といった表情でこっくりと頷いた。 「そりゃ怪我でもされたら嫌ですし贔屓するでしょうよ」 「夫婦愛?」 「というよりは依怙贔屓だろ…」 ひどく真面目な顔をして愛顧を正当化する鬼灯に呆れるやらそれでもいとしさを感じてしまうやらで、なまえは面はゆい想いをはぐらかすように顔をうつむかせた。 仕事に関することでは肩入れこそ全くしないが、一度枠を越えると途端になまえに甘くなるのは特権と思ってもいいのだろうか、と考えてひとりはにかむような笑みを浮かべてしまう。 「あっ、なまえさん嬉しそう」 「こ、こらシロさん」 「なまえさんが嬉しいと俺も嬉しい!」 「おやシロさん気が合いますね」 「鬼灯さんまで!」 ぱたぱたと尾を振って元気よくなまえの周りを跳ねるシロからの嬉しい言葉に思わず微笑めば、低い声音が同意するように重なって頬がほんのりと火照る。 そんななまえをからかう鬼灯と朗らかなシロたちの笑い声が雪に閉ざされた白銀の世界にこだましたのだった。 |