「皆様、本日はお忙しい中御足労頂きありがとうございます」 鬼灯の折り目正しい挨拶を合図に始まった定例会議。定期的に開催される会合の今回の議題は、無駄な地獄の撤廃と新しい地獄の導入だ。 なまえは十王が列席する会議卓を囲うように獄卒たちが立ち並ぶ様子を確認し、ひとつ頷く。会議の内容を記録する彼女は講壇に立つ鬼灯の傍らに控えるようにして資料に目を落とした。 撤廃された地獄の代表例に石女地獄がある。かつて日本では不妊の原因が女性にあるとされており、石女地獄とは子供を産まない、産めない女性が堕ちる処だった。しかし時代が移り変わるにつれ、倫理道徳も何もあったものではないと撤廃されたのだ。 昔の日本は男尊女卑の風習が強く、それは今でも根強く残っている。それを思うと心苦しくなりなまえはそっと眉を寄せた。 一方で鬼灯は、ひそかに視線をうつした先のなまえが遥か以前に呵責を受けただろう亡者の想いまで汲んでいるのを透かし見ると、彼女の思惟を断ち切らせるように口を開く。 「ではまず私から。叫喚地獄に付随する雨炎火処という地獄ですが……"象に酒を飲ませ暴れさせた罪" 何をどうしたいんだ何を!?」 「げ、現在この地獄で呵責を受けている亡者は一名です」 「一人いるのか……」 なまえは鬼灯の鋭い突っ込みに頷きそうになりつつ補足を入れる。寧ろその亡者がどういう状況から地獄に堕ちるまでに至ったのか話を聞きたいところである。 他にも募りに募った不満があるらしく、鬼灯は人が、否鬼が変わったように的確な指摘をしていく。強い熱意を見せる彼になまえは感心したようにまぶたをまたたかせながら筆を滑らせた。 「私は受鋒苦処について一つ提案します」 受鋒苦処というのはお布施の内容に言い掛かりをつけ、額や中身で贔屓をした者が堕ちる地獄だ。 意を示した彼はここの定義をもっと広げても良いのではないか、と述べた。続けて、例えば恋人から貰ったプレゼントに文句をつける人も罰を受ける対象にしてはどうかと進言する。 ほろほろと涙を流しながら訴える彼は随分な目に遭わされたのか、個人的な恨みがあるようだ。 他にも受鋒苦処に思うところがある者たちはいるらしく、夕飯に文句を付ける夫が堕ちてもいいのではないかなど、私情を挟む獄卒たちに困ったように笑う。 「こういう意見を聞くと私は良い夫でしょう?」 「……そういえば鬼灯さんに夕飯のメニューを聞いて何でもいい、と言われたことはないですね…」 どこか誇らしげにそう訊ねられて思い起こすと、食事の献立に困ったことはないように思える。明確に物事を口に出してくれる鬼灯はそういった意味でも素敵な夫なのだろう。 彼に釣りあえるような女性にならなくてはと決意を新たにしたなまえを横目に、鬼灯は小さく肩をすくめる。 きゅっと拳を握り、良い妻として努めようと意気込んでいるらしいなまえも充分出来た嫁なのだが、強いて難点をあげるなら健気ゆえに無茶をしてしまうところだろうか。 しかし鬼灯のためにと努力する彼女は一途でいじらしく、胸の内側をふんわりと綿羽で撫でられたような想いに心がゆるんでいくのを感じる。 鬼灯が呆れといとしさが綯い交ぜになった眼差しをなまえに寄せていると、彼女はふと思いついたようにぽんと手を叩いた。 「あの…私からもひとついいでしょうか?」 「ええ、ではなまえ、どうぞ」 おずおずと手をあげたなまえに皆の視線が集まる。公の場で彼女が発言することは滅多にないので、興味を引かれたようだ。 集中する目にとぎまぎと身を縮こめたなまえだったが、意を決して口を開く。 「ええと……最近、道端にゴミを捨てる人たちが増えてますよね?小さな塵でも不法投棄は不法投棄、ポイ捨てをした人にもっと厳しい呵責を与えてもいいと思うんです。街の景観を悪くする原因のひとつですし烏などの害鳥が蔓延ることにも繋がりますし、山にまで捨てに行く方たちもいるじゃないですか!それに火のついた煙草を捨てるなんて以ての外です。子供たちが火傷でもしたらどうするんですか、火事にまで発展することだってあ」 「なまえ、なまえ。少し落ち着いてください」 なまえの口から次から次へと生まれ落ちる言葉は留まることを知らず、つらつらと並べ立てられるそれに傍聴していた獄卒たちもまばたきを繰り返す。 いつの間にか講壇からおりた鬼灯に名を呼ばれ、現実へと戻すように目の前でひらひらと振られる手に彼女は漸く我に返ったようだ。 ついつい力んでしまったと反省しつつ、呆気にとられたようにぽかんと口を開ける周囲に顔が熱くなる。 頬へ熱を集めたなまえの頭をなだめるようによしよしと撫でながら、鬼灯はひとつ頷いた。 「その辺りの罰則は緩いところもあるので考慮しましょうか」 「は、はい……見苦しいところをお見せしました…!」 「なまえさんって案外熱いところもあるんだなー」 「おい茄子!」 茄子と唐瓜のささめくような会話が耳をくすぐって、ますます羞恥が湧き上がってきてしまう。地獄の炎にも見劣りしないほどに染まった顔からしゅうしゅうと湯気でも上げてしまいそうななまえを他所に、議論は続く。 再び手を挙げた鬼灯は孤地獄をもっと適用してもいいのではないか、と申し立てた。 孤地獄というのは個人に合った地獄のことで、亡者一人一人に用意されるため呵責の内容が異なるのだ。対象者にとって最も辛く苦しい仕様になるように設置され、その設計は鬼灯にも任されている。 「あの地獄を用意する仕事が入った日はまるで遠足の前日の気分なのです」 「ふふ、本当にわくわくしてらっしゃいますもんね」 「そんな無邪気な心で邪気の塊みたいな地獄考えてるの!?なまえちゃんも嬉しそうにするとこじゃないから!」 鬼灯にとって孤地獄を考案する際やその前日は胸躍る瞬間らしい。常に仏頂面を被る彼がわずかに見せるやわらいだ表情につられ、なまえまで心がふわりと浮き立つのだ。 ふたり睦まじく寄り添い、やわらかにほどけた表情を象っている様を思い浮かべると微笑ましいが、その頭は物騒な思考に満たされていると考えると奇怪な光景だ。しかしながらやはりこのつがいに自覚はないらしい。 こてんと首を傾げあう夫婦に疲労を帯びたため息をつきながら、閻魔は会議を進める。 「ネット犯罪等の問題が急増していますが…」 「うん、それもね今検討中」 「ストーカーや児童虐待も専門地獄があっていいかと」 「そうだね」 こういった会議の場で善処します、検討中、と当たり障りない科白を返すのは日本人独特の躱し方だ。もっと明白に却下なら却下と判断を下すべきで、改善するのなら早急に手を打った方が良いと思うのだが。 ううん、と思い悩み眉を下げるなまえの内心を代弁するかのように、す、と鬼灯が手を持ち上げる。 「会議で検討するしか言わない奴の舌を抜く地獄もあっていいのでは?」 「………」 「………」 「けっ…検討改め、即刻各部署改善してください!」 「そのための会議です」 舌を抜き取るためのエンマを手の中で遊ばせながら凍りつくような目を投げる鬼灯に、閻魔はさあっと血の気を引かせた。カチカチ、と金属が擦れ合う音が何とも物々しくその場に響く。 なまえは今日列挙された項目全てに改善の余地あり、と書き足しながら忙しくなりそうだと苦笑をにじませた。 |