「なまえちゃーん」 「わっ、離して下さい…って酒くさっ」 三日月のようにすうっと瞳を細めてなまえに擦り寄る白澤の吐息はアルコールの臭気に満ちていて、その衣服に染み付いた白粉の匂いに顔をしかめる。 また地獄の花街かどこかで飲んできたのだろうか。その白衣に女性特有の甘い香りが纏わりつくほど近くに綺麗な女の人をはべらせて、戯れに頬を寄せて。今みたいににやにやとだらしなく唇を緩めて。 おだてられるままに酒をかっ食らってきたのだろうなと考えたところで何だか腹の辺りがむかむかとした。肩を優しく引き寄せられたままに白澤の鳩尾へと拳を突き入れる。 「うぐっ」 「近寄らないでくださいこの淫獣」 「いんじゅ…!?やめてよアイツと同じこと言うの!」 アイツ、とは白澤と犬猿の仲である鬼灯のことだろう。彼にも言われたのか、とせせら笑うとなまえちゃんが冷たいー、と甘えるようになまえの肩口へと頭を擦り付けられる。 さらさらとした麗らかな黒髪がなまえの頬をふわりとくすぐった。 苛立ちも忘れ、それに思わず笑みをこぼしてしまいそうになって慌ててきゅっと顔を引き締める。と、いつの間にか白澤は視線をなまえへと寄せていて、その瞳にやわらかな熱を滲ませていた。 「な何ですか」 「嫉妬した?」 「はあ?」 「妬いちゃったんでしょ、僕が女の人と会ってたってわかって」 「な…」 二の句も継げずにぱくぱくと金魚のように口を開閉するなまえにくすりと笑む白澤に頬が熱くなる。ぽっと赤くなったなまえをどこか嬉しそうに眺める白澤に瞳を戻すこともなく考えに耽った。 妬いた?私が?白澤と会っていた女の人に?とぐるぐる思考を巡らせてかっと身体に熱が灯ったことに気がついた。 胸にうまれた気恥ずかしさと同時に頭に血がのぼったことも。 「ふんっ」 「ぐぼあ!」 ぎゅっと力を込めて握ったなまえの鉄拳は吸い込まれるように白澤の顔面へと綺麗に決まった。白澤の端麗な顔も形無しに崩れてしまっている。 ばたりと床に倒れこんだ白澤をよそに自身の頬に手を当てると、ほんのりと熱く感じるそこを改めて自覚してしまう。ますます身を火照らせながら湧き上がる衝動のままにその場を走り去る。 嫉妬、なんてそんなの、認めてしまったら白澤を、…そういう対象として見ているということも認めることになる。 それは恥ずかしくてたまらない。如何消化したらいいのかわからない、くすぐったいようなむずむずとした想いを心の深部に抱えたまま、なまえは懸命に足を動かした。 「……んー、もう一押し、かな」 背を向け駆けていったなまえを見つめながら、白澤は獲物を狙うような狡猾な笑みをふっと浮かべたのだった。 |