小説 | ナノ




「なまえちゃん、好きだよ」
「はいはい、わかりましたからさっさと仕事してください」
「もうつれないなー」

いつもの軽い調子でさも当然というように告白され、なまえは右から左へそれを聞き流す。なまえが白澤の助手になってからというもの毎日飽きもせず繰り返されるそのやり取り。そんな2人をまたか、と眺める桃太郎が加わりすっかり賑やかになった店内を見てなまえはやわく微笑んだ。


「あー!いま桃タロー君のこと見て笑ったでしょ!いーなー、僕にも可愛い笑顔見せてよー」
「その調合が終わったらお茶いれますね」
「やった、なまえちゃんのお茶美味しいんだよね」


またも見事にスルーされたことに気づいているのかいないのか、にこにこと笑顔を浮かべる白澤は俄然やる気を出して作業に取り掛かっていた。そんな白澤にどこか愛しさを滲ませた瞳を寄せるなまえは、女と見れば見境なく口説くこの神獣のことを本当はどう思っているのだろうと桃太郎は首を傾げた。


「なまえちゃん」
「はい」
「ありがと」


白澤が手を差し出すと彼が何を言いたいのか全て理解しているように、なまえは瓶に入れられた粉末を手渡した。
こういった具合にこの2人、会話がなくとも意思疎通ができるくらいには仲が良い。おしどり夫婦というか、長年連れ添った老夫婦というか。そんな雰囲気を醸し出しているのだ。


「そういえばお2人っていつ頃から一緒にいるんですか?」
「そんなに経たないけれど…20年くらいかな?」
「え、それだけですか!もっと…200年は固いと思ってました」
「なになに?僕となまえちゃんが熟年夫婦並みに仲が良いからそう思ったの?」


にやにや、と頬にだらしなく嬉しさを表現する白澤は薬の調合を終えたのかなまえの肩へ腕を回しながら問う。その通りなのだが認めるのも何か癪だな、とじと目で見ているとひょいと白澤の腕から逃げたなまえがお茶をいれますね、と台所へ駆けていく。その背に走らなくていいよー、と間延びする声をかけてから白澤は困ったように笑った。


「よく働いてくれるのはいいけどさ、もう1人の身体じゃないんだから気をつけてくれないとねぇ」
「ああ、ホント働き者ですよねなまえさん……って、ん?…ひとりのからだじゃない?」
「うん…あーもう心配だなあ、ちょっと見てくる!」


なまえを追ってぱたぱたと走っていく白澤を呆然と見送り、去り際に囁くように告げられた言葉を頭の中で反響させる。

―あとは婚姻に頷かせるだけなんだけど。

そういう仲だという空気は微塵も感じなかったのに、と桃太郎は目を見開いたまま固まっている。
やはり白澤はいたずらに年を重ねてきたわけではないらしい。まるでなまえの逃げ場をなくしたことを喜ぶように、胎内から彼女を繋ぎとめられたことに幸福を感じるようにひとつ浮かべた微笑。それにぞくりとした悪寒を感じながら、目先で見せつけられる仲睦まじい掛け合いに視線を向けた。


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