case:1_I love you
私が留学生としてこの3Zにやって来たのは、ちょうど始業式の次の日のことだった。
始業式の日のうちに日本には着いていたのだが、慌ただしく荷物の整理をしたり書類の手続きやらを終えた頃には──すっかり夕方だったのだ。
転入初日。まずは一通りの自己紹介を終え、着いた座席の隣にいた男の子──それが、今では犬猿の仲でありながら何やかんやで男子の中では割と気が合う方だと思う沖田総悟だった。
初対面では、そのサディスティックな性格やら口の悪さは見抜けなかったが。反則だと思うくらいに、整った顔立ちをしているのだからそれも仕方ないことだろう。それこそ、某アイドル事務所も負けそうな美少年ってヤツ。日本ではそういう男をイケメンと呼ぶらしい。
「あ〜何でィ、クソチャイナ。いくら睨みつけたっててめーにやる食いもんはねェぞ?」
2ヶ月程前の出会いのことを思い出しながら黙って睨んでいたら、すかさずイヤミったらしい笑みで言葉を投げてきやがった!
「別に食料恵んで欲しかった訳じゃねーヨ」
「あっそ。じゃあ、イケメンな俺さまの顔に見とれて……」
「ねーヨ!!」
ほっとけばアホなことを次から次と言い出す輩は封じるに限る。溜め息をついて、アホな男の向こうに見える同じ血が流れているとは思えないくらい優しくて可憐なミツバちゃんの方に視線をやった。
「オマエみたいな弟じゃ、ミツバちゃんも苦労が絶えないアルナ」
「何言ってやがんでィ。俺が姉さんに迷惑かける訳ねーだろうが」
「周りにドS全開なんだから、間接的にはミツバちゃんに心配かけてんじゃねーかヨ!」
更なる屁理屈が返されることを身構えていたが、総悟は何故か頬杖をついて黙ったままミツバちゃんを切なそうな瞳で見つめるだけ。
「そー、ご?」
今の瞳、それって──私が銀ちゃんを想って見つめるソレと同じ……?
「総悟のシスコンも相当重症アルナ」
「俺のは、そんなんじゃねェよ」
わざと茶化して言った言葉が真面目に受け取られる。何だろう、このモヤモヤ感。総悟がミツバちゃんのこと好きなのは誰が見ても明らかで、そのことで総悟に恋してる女の子たちが嘆いてるのも有名なこと──。
あれ、何だコレ? これじゃあ私まで総悟を好きな子たちと同じじゃないか!
「チャイナ……?」
「ぅえっ!? な、何アルか!?」
「や、お前が静かなのって気持ち悪ィと思って」
「やかましいわ、ボケ!!」
「別に貶してんじゃねーっての。無駄に元気なのがてめーらしいって、どっちかってーと褒めてんだけど?」
「はっ!?」
うわ、何コレ、心臓飛び出そう……! 待て待て、私っ。落ち着こう、一旦冷静になろう!!
「チャイナってさ……」
「な、何ヨ!?」
人の心の葛藤になど気づかない様子の総悟が、ぽつりと呟く。
「銀八から全く相手にされてなくても、へこたれねェよな」
「いきなりケンカ売ってるアルか、オマエ」
「いや……それでもお前は、報われる可能性がゼロじゃねェからな」
「総悟は──報われない?」
私の言葉に一瞬ピクリと眉を動かして。自重気味に軽く笑って、私の頭を子供にするみたいにポンポン叩く。
そんな総悟の反応で、私は確信する。ああ……やっぱり、総悟はミツバちゃんに本気の恋をしているんだ。
とても茶化したり嘲笑ったりする気にはなれなかった。重度のシスコン、じゃ括れない程の総悟の想いが伝わってくる気がしたから。
「私は、銀ちゃんが大好きアル。今は子供にしか見られてなくても、振り向いてもらう為の努力もするし、諦めずに頑張る気力もバッチリなのヨ!」
「だよなァ。正直すげーわ、お前」
「な、何だヨ? いっつもバカにするクセに」
「いつもはな、からかうの面白ェから」
「こんのドS……!」
それこそ、いつもなら。ここから拳が唸るか蹴りが炸裂するかの乱闘開始のゴングが鳴る。珍しく穏やかに会話する私たちに、周りにいた他のクラスメートたちの方が若干ビビっている空気が伝わってきた。
「……ご期待に応えて、一戦交えやすかィ?」
「そーアルナ。ちょっと身体もナマってるし?」
「いいねェ。本気でかかってこいや?」
「そっちこそ、手抜くなよナ!!」
バシッと、一撃を互いの腕で躱し──。
「いくぜ、チャイナァーっ!!」
「くたばれ、このドSぅーっ!!」
いざ、戦闘開始のゴングが鳴り響いたのだった。
内容がないようで(駄洒落ではない)奇跡的にテストの役には立っているという、現国の授業の真っ最中。
隣がやけに静かだと思ったら、グルグル眼鏡越しに熱い視線を意中の教師に送っているチャイナの姿が見えた。今日は、押してダメなら引いてみる作戦らしい。
コイツの銀八好きも筋金入りだと思う。前に聴いた話だと、チャイナの親父が、自分の後輩に当たる銀八に留学先のついでに一緒に住ませることにしたんだとか言ってた。幼い頃から何度か会っていて淡い恋心を持っていたところに、美味しい展開。一気に想いは膨らんだようだ。
銀八からすれば厄介だったろうが……。先輩の申し出は無碍に断れず、その娘は熱烈アプローチをかましてくる。チャイナの親父が信頼して預けたんだろうし、銀八にはソノ気がない。だが万が一、情に絆されてチャイナにぐらついたとしたら──親父の制裁が間違いなく下される。
「ま、俺には関係ねェか」
男として、銀八に同情しなくもないが、不毛な片想いを続ける者同士としてチャイナに肩入れしたくなる気持ちの方が強いかもしれない。
「何が、関係ないアルか?」
銀八から目線を逸らさぬまま、チャイナが俺の呟きに突っ込んでくる。
「あー、聴こえてたのかよ。悪ィな、独り言でさァ」
「独り言は聴こえないように言うもんアル。……どうせ、よからぬこと企んでたんダロ」
「あららー、俺も大分信用ねェのな?」
「日頃の行いが悪いからナ。私の信用勝ち取りたいなら、普段から酢昆布貢いだり酢昆布献上したりするヨロシ」
「やっすい信用だな、おい」
授業中だというのに、軽口の応酬。聴こえているだろうに、周りからの突っ込みは……ない。多分、さっきの休み時間にバトルしたばかりだから、更なる被害がないように知らんぷりを決め込んでいるのだろう。
「そーちゃん、そーちゃん。今は授業中なんだから静かにしないとダメよ?」
そんな中、俺の唯一の弱点である姉さんの一声。ごめんなさい、と素直に謝り黒板に向き直るしかなかった。……隣で笑いを堪えるチャイナに蹴りを入れたいのを我慢しながら。
姉さん──沖田ミツバは、幼い頃から病弱で、特に呼吸器系統が致命的に弱く入退院を繰り返している。年に何回か、長くても一週間くらいの入院が多かったのだが。高3になったばかりの去年、ついに肺炎をこじらせた影響で1年近くも入院することになってしまったのだ。……当然、学校は休学。退院したのは2月で、3月は自宅療養。学年が1つしか違わない俺たち姉弟は、結果的にこの4月から同級生となった。
担任を筆頭に個性的な面々の揃う、この3Zに姉までも仲間入りしたのは喜ぶべきなのか──いや、一緒のクラスなのは嬉しいのだが。
姉が昔から想いを寄せている幼なじみのクソヤロー……土方までもが同じクラスなのだから、素直に喜べないところもあって。
どうせなら、早く纏まってくれた方が諦めがつくのか。姉の想いは明らかで、ヤローの方も多分ハッキリは言わないが姉を想っている。もしかしたら、俺に遠慮しているのかもしれないというのも余計ムカつく。
「そーご! ミツバちゃんに怒られちゃったアルナ〜」
「……るせー」
チャイナにデコピンを食らわせ、それ以上の争いは避けて無視し続けて残りの退屈な授業時間を過ごしたのだった。