*day_3_Cantabile*


響き合う、心と心──


 心地良い、ピアノの調べ──。

 昔、よく母に強請って色々な曲を弾いてもらっていたっけ。優しく包み込むような、母の音色。今は代わりに、総悟の、歌うように流れるキラキラした光の粒のような音が私の耳をくすぐる。

「ショパン、かぁ」
「んー?」

 総悟が弾いているのは"子犬のワルツ"だ。私も弾けない訳じゃないけど、やっぱり人に聴かせるレベルじゃあない。

「そういえば、ショパンの"別れの曲"って歌詞付いてたよな? 神楽、歌える?」
「別れの曲……。あ、知ってるネ! この間、授業でやったばっかだから覚えてるアルヨ〜」
「おっ。ちょうどいいや。じゃあさ、聴かせてくんねェ? 久しぶりに、お前の歌……聴きてェ」

 5年前に歌ったのは、サティのあの曲だったけれど。今の私の歌を総悟に聴いてもらうのは、ちょっと緊張するような。でも、やっぱり成長した自分を知って欲しいような。

「ふぅっ。しょーがないアルナ! 私だってこの5年、頑張ってたアル。聴いて腰抜かすなヨ?」
「大きく出たなァ? 期待外れになんねーよう祈ってるぞ〜」

 こんのドSめ! 耳穴かっぽじってよく聴くヨロシ!!
 すうっと深呼吸。総悟の奏でる旋律に耳を澄まし、歌い出しの瞬間を待つ──。


♪春の日 そよ風
 花散る みどりの丘
 梢を 楽しくわたる鳥の
 かげよ いずこ

 野路(のじ)には 木枯らし
 別れの 雲は暗く
 過ぎし日 心にいだきて
 はるばる寂しく
 越え行く 山や川

 せめても われとあれ
 忘れじの わが歌



 ──ああ。やっぱり、歌ってる時が一番心が落ち着く。安らぐのを感じる。

「神楽……」
「えっ!? あ、総悟。ごめんアル! 歌ったら何かトリップしてたみたいネ」
「いや、いいんだ……そうじゃなくて」

 総悟の様子が、ちょっと変なことに気づく。あれ? 顔、赤い?

「どうかしたアルか?」
「ん。悪ィ……うまく言葉になんねェ」
「はぁ?」
「その、何だ。お前の歌、聴いて俺もトリップしてたっつーか……うん。簡単に言えば、感動した」

 え、感動、って。総悟が、私の歌で?

「えぇぇぇぇっっ!?」
「うわっ。声でけーって、バカグラ!」
「だ、だって! そーごはプロのピアニストでっ。それも私の一番尊敬する演奏家だからっ!!」
「あー、はいはい。俺が言うはずもないこと言ったからビビってる訳だ?」
「あ、当たり前アル! 冗談ならもっと──」
「だって、なァ。冗談なんかじゃねーもん」
「へっ……?」
「だーから。本気で言ってんだよ! 俺は、お前の歌で心が震えるくらい感動した」
「ほ、ホントに?」

 総悟が、照れ笑いをしながら自分の頭をグシャグシャかき回してる。

「お前、本当に上手くなったんだなァ。それに、技術云々より……表現力がスゲー。バンドの方でも神威さんよりお前をボーカルに選んだのって、その辺が理由なんじゃねーの?」
「そ、そーアルか? 何か、総悟にそんなまっすぐ褒められるなんて思ってなかったから……ごっさ照れるアルぅ!!」

 ホント、もう、どうすれば!? ぐるぐる回る脳内は整理しきれないし、返す言葉も見つからない。そんな私を見てる総悟の顔はスゴく穏やかに微笑んでる感じで。

「なァ……。サティ、歌ってくんねェ?」
「えっ……」

 それまで流れていた空気が、音を立てて変わっていく。

「5年前より、進化してんだろ? お前の"je tu veux"」
「あっ……」


 駆け巡る、もう一人の"私"の想いと記憶。そして、目の前の総悟の姿が、あの黒服の刀を携えた彼にオーバーラップして──。

「俺のことなんか、もう思い出したくもねェ? ……チャイナ」
「っ!! あ、や、そんなんじゃ、なくてっ。だって、どう、して。──総悟、は、」

 呼吸が苦しくて、頭に酸素が回っていない気がする。記憶の欠片が、あちこちに散らばっては集まって。チャイナ、と呼ばれていた頃の私に、近づけそうに思えても遠くなっていく。

「ん? いいよ、ゆっくりでいいから。俺も、もう、逃げねェから」
「うっ、だって、私っ! 総悟は今の私じゃなくって、」
「違う、神楽。お前はお前だから。今のお前も、昔の記憶の中のお前も全部お前なんでィ。俺が、俺であるように……」
「でもっ。記憶の中の私は、何か、苦しいアル。総悟のこと、憶い出そうとする度、辛くなって!」
「……そ、っか。だよな? お前が俺をそんな簡単に赦す訳なかったんだよなァ」
「そ、ーご?」

 苦しくなってしまった呼吸が少しだけ楽になる。総悟も、苦しんでるの? 泣き出してしまいそうな、哀しそうな、そんな表情をしながら。それでも私に向けられる瞳は優しくて。

「昔のチャイナだけじゃねェ、現在(いま)の神楽までも傷つけてるって……怒ってんのかもなァ。俺は別に、無理して昔のこと思い出せって言ってる訳じゃねーんだ。むしろ、苦しめるくらいなら思い出さない方がいいのかもしんねェ」
「私、思い出したくない訳じゃないのヨ? ただ……」
「いいって。気ィ遣わせちまったな。この話は今日は終いだ! ただ、歌は聴きてーんだけど……」

 ポロン、と最初の和音が響く。──あなたが、欲しい。私がこの歌を総悟に向けて歌うのは……本当は何度目なんだろうか。

「私、昔は歌なんて下手くそだったはずネ」
「そうだったなァ」
「でも、上手に歌いたかったアル。それだけは覚えてるのヨ」

 下手なりに、歌詞に想いを乗せて、いつも伝えたくて必死だったのだ。

「総悟が、全部、欲しかったアル……」
「うん。よく言われたっけなァ」
「私、ゴリが羨ましかったアル……」
「近藤さんは、今でも俺の大切な人だからなァ」
「何でまた総悟の傍にいるアルか!? ゴリラのクセにズルいネ!」
「お前なァ……だから近藤さんのことゴリラよわばりすんのかよ?」

 もうゴリ扱いしないつもりだったけど、知ったことか。大体いっつも総悟の近くで、総悟に慕われるポジションに当たり前にいて、私よりずっと長いこと一緒に過ごせてたじゃないか。

「よりによって思い出したのが近藤さんのことかィ。まあ……ヤキモチ妬いてくれてんなら喜びゃいいんかなァ?」
「やっ、ヤキモチ!? そそそそそんなんじゃないネ!!」
「どもりまくってんぞー」

 だって。総悟が一番護ろうとしていたのは、恋人だったはずの私ではなく、絶対の忠誠を誓ったあの人だったから。血まみれになっても護りきった姿を、目の当たりにしたこともあったのだ。

「済まなかったとは思う。でも、後悔はしてねェ。だからこそ、今生ではお前のこと真っ先に護ってやりたかったのになァ……」
「今生、って。あ、あれ。この記憶って、前世?」
「何でィ。まだそんなトコで躓いてたんか?」

 総悟の苦笑じみた笑いが、黒服の……真選組の隊服に包まれた彼に、再び重なる。

「真選組……」
「ん? また、思い出したか。まぁ、さっきも言ったが、無理はすんなよ?」
「勝手に思い出したモンはしょうがないアル。──あれ、そういえば。真選組っていえば、マヨはいないアルか?」
「あー。あんな野郎のことは一生忘れてくれてて構わなかったんだけどなァ」

 そんなこと言ったって、ゴリがくればマヨだし。ってか、総悟がマヨ嫌いなのは相変わらずなのか。

「土方のヤローなら、俺の大事な姉上……姉さん、かっさらってウィーンに行ってらァ」
「お姉さんって……あ、そっか! 嫁に行ったって、マヨが相手だったアルか〜」
「前世のこと考えたら、ってか姉さんの気持ち尊重してたら邪魔する暇もなかったんでさァ。あんのニコチンマヨ中毒のクソ野郎」

 苦い顔をしながらも、内心は2人が今生では一緒になれたこと……きっと総悟は喜んでるんだろう。昔聞いた話を思い出しながら、私も嬉しく思ったのだった──。




ぶつ切りっぽくて、すみません(^_^;)例によって字数不足です…(遠目)
次章で補完はしますので…あ、土ミツ夫妻のことですけどね!やっと書けてちょっと嬉しい麻岡でした(笑)

'11/07/28 written * '11/07/31 up



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