*day_1_Variation*



小さな、小さな、恋の旋律──


 いつもと変わりない、日常のはずだった。朝起きて、学校へ行って、下駄箱に入れられていた手紙を見つけるまでは。
 ただ、それ以外はやっぱりいつも通り。2個のお弁当を授業中に平らげ、たっぷり3段の重箱を昼休みに半分手をつけたところで。改めて、朝にもらった手紙の入った封筒を取り出した。
 白い、何の変哲もない封筒。宛先は、坂田神楽様。私の名前で間違いない。それでも、何かの間違いじゃないかと思いたい。──差出人が、とんでもない有名人だったから。

「へぇ〜。沖田総悟って神楽みたいのがタイプなんだ。女作んないと思ったらロリコンだったとはね」
「うひゃっ!?」

 背後から突然のしかかられ、手に持っていた手紙まで奪われ。気配も全くなしに現れたそいつはニコニコと仮面のような笑顔を貼り付けたまま、驚く私に悪びれるでもなく文面までもしっかりと読んでやがる。

「大学は相変わらず暇そうアルナ、神威」
「何言ってんの? オレだって多忙なんだよ。その合間をぬってまで会いに来てやってんだから、感謝して欲しいくらいだよ?」

 憎らしいまでの笑顔。周りはみんなコレに騙されているのだ。無駄に顔がよくて外面がいいとなれば、モテない訳がない。

「やーん。カムイ、また来てる! やっぱり付き合ってんのかなぁ?」
「神楽ちゃん相手なら仕方ないもんねぇ」
「あぁっ、でもカッコよすぎ。彼女いてもいいや。目の保養になるー」
「ウチの大学って、カムイとかシンスケとかイケメン揃いでホントにスゴいよねっ」
「いやいや、やっぱ筆頭が超イケメンピアニスト沖田総悟だもん! レベル高いってー」
「彼目当てに試衛館(ここ)受けて落ちた受験生多いじゃん? よっぽどスキル高くないと筆記良くても落とされるし」
「うちらもよく受かったよね〜」
「頑張ってよかった!」

 途中から脱線していくクラスメートたちの会話が耳に入る。オレたちってつき合ってたんだ? などとアホなことを言い出したクソ兄貴のボディに、すかさず一発お見舞いしてやった。

「痛いな神楽。ヒドいよ〜」

 全く痛そうに見えない顔で神威は私にデコピンを繰り出す。よっぽどこっちのが痛い。バカ力なのは相変わらずだ。

「まあ冗談は置いといてさ」
「……何ヨ」
「だから、沖田(コレ)のこと」

 ピラピラと手紙をちらつかせるその顔は、完全に面白がっている。

「ちなみに留学してきてから3ヶ月だけど、何枚目だっけ? こういうの貰ったの」
「私がカウントしてるのは5枚アル」
「だよねぇ。オレがもみ消したの入れたら、12枚だけど」

 あれ、3枚増えてる気がする。神威め、更にラブレターを破り捨てたらしい。私が日本に戻ってきてからシスコンキャラにジョブチェンジでもしたんだろうか。
「困るんだよね、神楽に男出来ちゃうと」

 普通の女の子なら、こんなことを言われたら顔を赤らめて胸をキュンとさせるところだろう。だがしかし。直訳すると"自分に女子が寄ってきてウザいから困る"になると分かっている上、間違ってもこの兄貴にはときめいたりしない。顔はさっきから引きつったままだ。

「せっかく兄妹なの隠してんのに、意味なくなるじゃんか」

 ……小声で周りに聞こえないように話す辺り、更に憎らしさ倍増。

「話戻すけどさ。神楽って沖田と面識あったっけ? 高等部って、あんまり練習棟にも行かないじゃん。しかも、オマエ声楽科だからピアノあんま関係ないし。それとも、オレみたいにあっちから来たりする訳?」
「プロのピアニストがそんな暇な訳ないネ。大学の方でだって、会わないんじゃないアルか?」
「まあ、そうだけどさー。第8練習室──ヤツの本拠地なら結構よくいるみたいだから。ミーハーな女子たちが騒いでるじゃない?」

 ──手紙の差出人、沖田総悟は世界的なピアニストだ。それと同時に私の通う試衛館音楽院の大学に在籍する学生でもある。そもそも、この学院の創立者の息子でもあるため特別中の特別扱い(?)なのだ。高等部と大学の中央に位置する練習棟4階にある第8練習室は、その特例もあり沖田総悟の専用となっているらしい。
 そんな有名人が、内容はどうあれ私に手紙を……やっぱり何かの間違いだとしか思えないのだ。

「この文面じゃ、ラブレターっぽくはないアル。果たし状かもしれないネ」
「……そうかなー。わざわざ高等部に足運んで、下駄箱に入れるようなのがラブレターじゃないって? 本気でそう思ってるなら、やっぱり神楽はお子様だね」
「どーせ、私はお子様アル。もう、ほっとけヨ」

【今日の放課後、第8練習室に来い──沖田総悟】

 用件だけを簡潔にまとめた、ただの伝言に見えなくもないし。大体ラブレターなら、せめて敬語とか使うもんじゃないのか。いやいや、だからラブレターなんかじゃないってば。

「まあ、いいや。ジャマはしないであげる。どうせ行くつもりなんでしょ?」
「えっ!? な、何で……」

 動揺のあまり、声が裏返ってしまう。

「顔に出てるよ。神楽はウソつけないタイプだもんね。……ラブレターじゃないって言いながら、沖田に会えるの楽しみなんでしょ?」
「そ、そんなんじゃない、アル……」
「いいよー隠さなくても。大体、高校からまた日本に来るって言い出したのって、オレが試衛館の話したからだよね? 沖田のCDも全部買ってるみたいだし、あんなに苦手だったピアノもいつの間にか猛練習したみたいだし」
「それは……沖田総悟のピアノが好きなだけで。ピアノ練習したのだって、にーちゃんより下手なのが悔しかったからだしっ」

 嘘は言ってないはずだ。だって、私が沖田総悟のファンなのは間違いないのだし。


 本当は、何で沖田総悟が私に手紙を出したのか……呼び出したのか。見当がつかない訳でもないのだ。──私の記憶違いでなければ、5年前に会った"ピアノのお兄ちゃん"はあの沖田総悟にそっくりだったから。だから、もし、彼があの時のことを何かしら覚えていて私と話したいと思ってくれたのかもしれないのだ。私にとっては、初恋のお兄ちゃん。彼からしたら、泣き虫なただのクソガキにすぎなかっただろうけど。
 兄である神威には話したことはない。からかわれるのが目に見えているので、全力で隠し通すつもりだ。──だから、どうしてこれがラブレターじゃないと言い切れるか、話すつもりもないのだ。
 残りのお弁当を漸く口に運びながら、5年前の彼と現在の沖田総悟を比べてみる。
 テレビで見た沖田総悟は。王子様みたいな完璧な容姿と、口数は少ないけど耳に心地よいテノールの声。5年前は、どこぞのアイドルみたいな容姿とは裏腹に、癖のある江戸っ子口調に遠慮のないストレートな物言いだった。
 それでも、私は彼に恋をした。さり気ない優しさとあのピアノの響きと、何より音楽を語る無邪気な笑顔に、全部心を持っていかれてしまった。今は"ピアニスト沖田総悟"のファン、でしかない私だけれど。あの日感じた想いは、色褪せずに今も確かにこの胸の中にあるのだ。


 ──そして。呼び出された放課後に。

 大きな大きな変化をもたらす事件が起きることになる──。


やっと現代の現在時間軸になりました。
が、しかし。今度は総悟の代わりにかむ兄が出張ってます(笑)
まあ、それより。この章もまだ前置きくさいんです。本題は次からということで!

'11/05/25 written * '11/05/27 up



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