*day_1_Presto*


急速に、動き出す時間──



 あ、空飛んでる。

 それが、最初に思ったことだった。

 痛さとか、苦しさとかは感じることもなく、意識がフェードアウトしたことだけは覚えている。
 そして同時に思ったこと。──私、前にもこうして落ちたことなかったっけ?


 脳裏に浮かぶのは、チャイナドレスっぽい服を着た自分。でも、何でかは分からないけど今の自分より大人な気がした。それに、落ちていく自分に必死の形相で腕を伸ばしている沖田総悟が見えた。コンサートでよく見るタキシードではなく何かの制服っぽいそれは、やっぱり黒服で。でも私同様、もっと大人に見えて。

 それなのに、間違いなく、浮かんだ記憶の中の2人が私と沖田総悟なのだと確信出来た。──それも、懐かしく感じるなんて、どうかしている。
 そういえば。私の一番好きな歌……エリック・サティの『Je te veux』を初めて聴いた時。何故だか、涙が溢れて止まらなかったのを思い出す。あの時も、懐かしかったのだ。初めて聴いたはずなのに、そもそもまだ小さな子供だったのに。それからの私は、繰り返しフランス語で歌われるその原曲を聴き込み、次第に自分で歌うまでになった。歌わなければならない……そんな強迫観念に捕らわれていたようにも思える。今ならば。



 運ばれた病院は、皮肉にも学院のすぐ側にある総合病院だった。5年前、母を看取ったのがこの病院だったのだ。忘れる訳もない。
 ベッドの上で、点滴やよく分からない管で繋がれて眠っている自分を…………よもや、上から見下ろす日が来るなんて。

「私、死んじゃったアルか?」

 声に出してみれば、確かに聴こえる自分の声。けれど、周りにいる主治医らしき人や、私の日本での保護者である銀ちゃん(20代後半、独身、現国教師)にはまるで聴こえてない。当然、こうしてフワフワ浮いてる姿も見えてない訳だ。

「もう目が覚めてもおかしくない筈なのですが……」
「こいつ、4階から落ちたんですよね? 打ち所悪かったんじゃないんですか?」
「いえ、奇跡的にあまり打撲はしなかったようで」
「んじゃ、寝坊だな。こいつの朝の寝起きの悪さったら半端ねぇもん」

 銀ちゃんめ! 医者の前で乙女の秘密ベラベラ喋りやがってコノヤロー! 殴りつけてやるも、やっぱり私の手は銀ちゃんをすり抜けるだけだ。

「容態は安定しているようですし、様子を見ましょう。いや、何。すぐにでも目を開けるかもしれませんよ」

 つまり、身体は生きているってことか。だったら、今の私は生霊みたいなモノなのだろう。試しに病室の外に、窓から出てみたが。うん、大丈夫そう。行動範囲も限定されてはいないようだ。

「銀ちゃん、行ってきまーす」

 一応心配顔でついてくれている保護者をバックに、私はフワフワ浮きながら眼下に目をやった。──うわ、気持ちいいかも。めちゃくちゃ不謹慎だけど。
 そのまま飛び回る感覚で病院敷地内を出ると、学院の正門が目に入った。未だ思い出せない、自分が落ちた前後の記憶を求めるように。自然に私は練習棟4階、恐らく最後にいたであろう第8練習室へと飛び上がる。
 迷うことなくその窓に辿り着ける自分を不思議に思う反面、やっぱり思い出せないだけでここから落ちたのが事実だということを再認識する結果となった。

 他の部屋の造りはどうだか正直自信がないが、明らかに広いスペースに置かれているグランドピアノ。壁際には一面、トロフィーや盾、賞状。持ち主は言わずとしれた、沖田総悟。
 それらをぐるりと見回して、写真立ての前で落ち着いた。──ああ、やっぱり。記憶に残る、今より幼さを宿したあの日の"お兄ちゃん"が両親と姉らしき人に囲まれて笑っている写真が、そこにはあった。
 事故で亡くしたと言っていたご両親、嫁いでしまったと言っていたお姉さん。それでも、写真の中の4人は幸せそうに笑っている。

「……不法侵入ですぜィ、お嬢さん」
「っ!?」

 部屋の入り口の方から突然掛かってきた声に、ビクリと反応。振り向いたそこにいたのは──。

「沖田総悟っ!!」
「おいおい、いきなりフルネーム呼び捨てかよ」

 スタスタ歩いてくる彼を前に、呆然としか出来ず。あーやっぱ透けてんな、と無遠慮に私の霊体を眺める姿を見てようやく我に返った。

「ちょっ、待っ、何でっ? 見えてる!?」
「あー、そうみてーだなァ」
「ふぇっ!? あ、う、5年ぶり……です、ヨネ?」

 何処から話せばいいか、とか。何から突っ込めばいいんだ、とか。あ、やっぱり素の話し方は江戸っ子訛りなんだ、とか。色んなことが頭を高速で駆け巡っていく。許容量オーバーで、もうパンク寸前だ。

「効果あるか分かんねーけど、一回深呼吸してみな?」
「ふぉ〜。ハイ、アル……」

 長く、長く息を吸って、吐いて。
 どうやら霊体にも深呼吸は有効らしい。

「落ち着いたかィ?」
「は、はい。あの……ありがとうございマシタ」
「ちったァしおらしくなったじゃねーか」
「……ふぇ?」
「まさかウチの学院にまで入学してくるとはなァ。試衛館もレベル下がっちまったか?」
「何言ってるアルかっ。これが神楽サマの実力ネ!」
「お、やっとテメーらしくなってきたな。慣れねぇ敬語使うのはやめなせェ」

 売り言葉に、買い言葉。気づけば彼の調子に乗せられて、素の自分をさらけ出してしまっていた。いや、多分言わされたんだ。

「しっかし、俺、霊感なんてあったっけ? 初めて見たんだけど、幽霊……」
「待て待てー!! 勝手に殺すなヨ! まだ死んでないアル!」
「あー、そういや警察も言ってたっけな。意識不明だって?」

 こいつ、分かっててからかいやがったー!! どSだ、こいつ。正真正銘、Sの国の王子だっ。

「まあ、冗談はここまでにしとくか。……で、留学生の坂田神楽さん?」
「あ、改まって何アルか?」
「あ〜〜〜〜何から切り出しゃいいんでィ。いきなり、前世っつったって訳分かんねーしなァ」

 何だろう。今度は彼の方が困ってるようだ。

「あの……沖田センパイ?」
「や、先輩とかキモいから。名前でいい」
「うぇっ。んじゃ、そーご?」
「ん。……チャイナ」

 ゾワワッ。囁くように絞り出された声に、全身が震えた。──な、に? 今の感覚は? 寒さで震えたんじゃない。もっと深いところ、魂が揺さぶられるような……。


 きっと、また逢えるネ。だから、サヨナラなんて言わないアル……。


「また、逢える?」
「チャイナっ!? 思い出したのか!?」
「サ、ド……?」

 勝手に出てくる、私がよく呼んでいたあだ名。ねえ、どういうことなの。総悟が、逢いたかったのは"私"じゃないの? 私の姿をした、もう一人の私? 急速に、盛り上がっていた意識が冷却されていくのを感じる。確かに自分の中にある"記憶"に、再び堅く鍵がかかる音がした。

「分かんない、アル……」
「そ、だよな。わりィ、思わず取り乱しちまった」

 そうか……きっと呼び出されたのは、自分でもよく分からないもう一人の私のことだったんだ。納得しながらも、ガッカリしていることに気づいて苦笑する。

「なァ、神楽」
「ハ、イ?」
「……あー。もう、さっきの話はいいんだ。それより、問題は今だろ」
「今?」

 総悟は私の霊体に腕を通しながら、どーすんだ? と苦笑している。確かに、どうしたらいいんだろう。

「……取り敢えず、俺ん家来るか?」
「えっ。いいアルか?」
「しゃーねーだろ。お前、今んとこ俺にしか見えねェみてーだし」
「うん。声も聴こえてなかったネ!」
「どうせ、家は無駄に広いだけで誰もいねぇから大丈夫だろーよ」




神楽さん、生霊です。こんなヒロインダメですか?
そして、ようやく総悟登場で以下続く!

'11/06/02 up


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