謐と無情と 4




静雄に自慰を強制されてどれくらい経過しただろうか。
「…は、はぁ、…っ」
臨也は全身から発せられる痛みに耐えながら、両足を開き必死に自身を扱く。静雄に言われるがまま横たわり腰を突き出して自慰に耽る姿は浅ましいことこの上ない。意識していなければ閉じそうな膝を心中で叱咤するたびになんとも言えない悔恨の情にかられる。
こんな痴態を見たいだなんて悪趣味以外の何物でもないと思うのだけれど、『今の』静雄は楽しくて仕方がないといった様子だった。
そして、ようやく先走りの液が溢れてきた先端を涙に塗れた瞳で見つめながら、それでも生まれてしまう快楽に唇を噛みしめた。静雄が撫でてくれた傷口から新たに血が滲むのがわかる。この痛みが、臨也を現実に繋ぎとめているようなものだった。またこの身を裂かれるように貫かれるための準備を施しているのかと思えば、いっそのこと諦めて全てを投げ出してしまいたいと何度考えたことだろう。
「ん、は…、はっ」
懸命に扱くのだけれど、勃ち上がった自身はヌチュヌチュと卑猥な音を立てるだけで決定的な刺激には至らない。
所詮、望まぬ行為なのだから心は正直だ。
「おいおい、下手だなぁ…。自慰も満足にできないのかよ…そんなんじゃいつまでたってもイけないぜ?」
「………っ!」
静雄に詰られ、臨也は目に見えて身体を震わせてしまった。
それは、静雄の犯されたあのとき、散々に下手だと詰られたことを思い出したからだ。
尋常ではない痛みに苛まれ涙に濡れる視界の向こうで。
笑いながら臨也を犯す静雄はどこかいつもとは違っていたのだ。


あのとき。
もっと早くに静雄の異変に気付いていれば、こんなことにはならなかったのだろうか。
どうしても確かめたくて再び静雄を嗾けなければよかったのだろうか。
…今となっては結果論に過ぎないのだけれど。


「さっさとしろよ。まだこんなもんじゃ慣らすのに足りねぇだろが」
「……っ!!…はぅ…っ」
我に返れば、痺れを切らしたのだろう静雄が自身を握りしめる臨也の手を包み込む。至近距離で厭らしげに微笑まれれば、得も言われぬ畏怖を感じ背中をじんわりとした汗が伝った。
トロリとまた先走りの液が竿を伝って落ちるのだけれど後孔まで届くことはない。確かに快楽を感じるのだけれど、所詮どこか恐怖に竦んでしまっている身体では思うように射精に辿りつかないのだ。
きっとそんなことすら見抜かれているに違いないのだけれど。
「なんだよ、手伝ってほしいのか?」
「ん、……っ」
ここは頷くべきなのか頭を振るべきなのか、霞みがかった思考では判断ができずに逡巡した。どちらが静雄に機嫌を損ねずに済むのだろうと頭の片隅で考えたからだ。
声が出ないことが歯痒くて困ったように静雄を見上げれば、静雄はますます口角を上げて。
「どうなんだ?」
決断を迫ってくるから、臨也は自身を扱く手を止めて視線を彷徨わせる。すると、静雄は掌に力を込めることで催促してきた。それは、別の意味でも、だ。
「ああ、ちゃんと弄っとけよ?時間が無駄だ」
「う…っ」
考える間も手を止めるなだなんて酷過ぎる。
小さく身体を震わせたところで何の抑止力にならずに、反対にますます静雄の嗜虐心をそそるものでしかないことくらいわかってはいるのだけれど。
「は…ぁ」
諦めて自慰を再開するのだけれど、異常なほどの心拍数が煩くて集中できない。
それに、返答を引き延ばそうと瞳を閉じたところで痛いほどの静雄の視線からは逃れることはできなかった。
「早く答えろよ」
「……」
このままではイくにイけずに結局は静雄に強制的に射精に追い込まれることは目に見えていた。そして、その答えに行きつけば、自ずと出すべき答えも導かれてしまう。
ふるりと睫毛を震わせた臨也は、息を吸い込むように口を開いて。ゆっくりと瞳を見開けば、予想通り静雄は嗤っていた。
「ん…」
臨也は、静雄から視線を逸らしたまま声が出ない代わりに頷くかざるを得なかった。
「そうか、そんなに手伝ってほしいか」
もちろんそんなわけがあるはずはない。激昂した静雄に殴られ傷を増やされるよりはマシだと思っただけだ。
だが、その選択すらも後悔させられる羽目になるとは思いも寄らなかった。
「じゃあ、何を突っ込んでやろうか…」
「……!?」
今、静雄は何と言っただろうか。
(突っ込む…?何をどこに…?)
自慰を中断し恐る恐る静雄の顔を見つめれば、もはや静雄は臨也を見てすらいなかった。
脳内で警笛が鳴る。
何をされるのか、と考えるまでもない。
きっと、臨也の予想を裏切ることはないだろうから。
「…っ、…っっ」
無意識に竦む両足で身体を後退させようとすれば、シーツを蹴り皺を増やすだけに終わってしまった。
「あ?逃げようなんて考えないほうがいいぜ?」
「!」
静雄に徐に右足首を取られ、ヒュッと喉が音をたて一瞬息が止まる。おそらく臨也の行動など読んでいたのだろう。そして、足首を掴んだまま、逃げられないのだと思い知らせるかのように覗きこまれる。
「そんなに嬉しいのか?逃げたいって思うほどに?」
明らかに相反することを言いながら、それでも静雄は臨也の足首をあっさりと手放してくれた。
いや、確信したのだろう。
どうやっても臨也が逃げられないことを。
その証拠に、余裕の笑みすら浮かべた静雄はベッドから降りると部屋の中を物色し始めた。
「ちょうどいいもんはねぇかな…」
さして広くはない静雄の部屋だ。TVや冷蔵庫など必要最低限ものは揃っているが、どれも古めかしい。床には無造作に雑誌やリモコン、甘いものに目がない静雄らしく空のプリンのカップなどが転がっている。
臨也は固唾を呑み静雄の動向を伺うしかなかった。
「アイツ、ロクなもん置いてねぇな」
「……っ?」
静雄のどこか他人事のような呟きに、臨也は軽く瞳を見開いた。
だけれど、それを問い詰める術など今の臨也は無きに等しい。
もちろん、問い詰める暇すら与えられなかった。
「ああ、コレいいんじゃねぇか?」
そうして、臨也は自分の予想があながち外れてはいないことを確信しかけたところで現実に引き戻される。
「……っ!!」
思考を中断させられたところで、振り向いた静雄が手にするものを見せつけられ一瞬で悟った。
棒の先端の円形の部分ががカラフルな包みで包装されているそれは、なるほど、静雄が購入していてもおかしくはないものだった。
しかも全部で5本ほど、ニヤニヤと笑う静雄の手の中に見えた。
それをどうするつもりかなんて聞かなくともわかりきっていた。
上機嫌のままの静雄が、ベッドへと乗り上げてくる。


「手前のケツ穴なら5本くらい余裕だろうな」





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2011.6.13up
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