05


≪人の子よ、我が見えるのか?≫



昨日は結局、的場さんが言う凶暴な妖は現れなかった。的場さんは今日仕事があるが、私は暇であった為、無謀にも昨日的場さんと訪れた神社に来た。……ら、目の前に私の身長の約二倍程高い妖が現れた。思わず「ひぃぃい!!?」と叫んでしまい、私が目の前の妖が見えることに気づかれてしまった。



「……ツキノ、シン……?」
≪ほう、我の名を知っているのか≫



知っていたんじゃない。目の前の妖を見た時、「ツキノシン」という文字が頭に浮かんだのだ。どうやらツキノシンというのは、目の前にいる妖の名のようだ。初めて出会った妖の名が頭に浮かぶのは、私の特殊能力なのだろうか。



≪小娘ごときが何の用だ? 今なら逃げても構わんぞ≫



震える手で持って来た大中小の札から、大の札を手に取る。その様子に、ゲラゲラと汚く笑うツキノシン。本当は今すぐにでも逃げたい気持ちでいっぱいだけれど、的場さんの役に立つため、この妖を逃してはいけない。……でもやっぱり怖いっ!!



「お手合わせ、願いますっ……!!」
≪我と戦う気か、小娘≫



足が震えながらも言うと、ニヤリと妖しげに笑うツキノシン。すると、何処からか武器である長刀を出した。ただでさえ大きいツキノシンなのに、その長刀はツキノシンよりも大きい。



――ブゥンッ!!
「うわッ……!!」



「えええええ」と驚いていると、長刀が振り下ろされる。危機一髪避けて何とか殺されずに済んだものの、あのまま当たっていれば、片腕一本は斬られていただろう。そう考えると、背筋がゾッとし鳥肌が立つ。「チッ」とツキノシンが舌打ちをしながらも地面に刺さった長刀を抜こうとする。その隙に、私は札をツキノシンの足に貼った。そして、逃げるようにして素早く離れる。



≪あ? なんだ、この札?≫



ツキノシンが札に気を取られている。「今のうちに……!!」と私は慌てて口の前で右手の人差指と中指をたてて他の指を曲げる。そして……、



「――…ツキノシン、汝の邪を打ち払わん」



そう言うと、ツキノシンの身体が、パァァッ、と光る。あまりの眩さに、私は思わず目を閉じてしまった。段々と眩さを感じなくなっていく。目を開けてみると、ツキノシンがキョトンとしている姿が見えた。



≪なんてことだ、人の子を殺そうとしてしまうなどと……。すまない、人の子≫



ツキノシンは本当に申し訳なさそうに私に頭を下げる。今度は私がキョトンとする番だった。これは……、あまりにも、人格が違いすぎる。今のツキノシンが、邪の無くなったツキノシンのようだ。「人の子? どうした?」と顔を覗き込まれ、「あ、なんでもない!!」と慌てて首を横に振る。



「もう妖を殺しちゃ駄目だからね?」
≪ああ、分かっている。……殺めてしまった妖の墓参りに行かねばならぬな≫



そう悲しそうに微笑んだツキノシンは、ゆっくりと去って行ってしまった。私はしばらく、悲しそうなツキノシンの背中を見ていた。……これから、ツキノシンは邪魔者として扱われるのだろうか……。恐がれて、避けられて、虐められて、生きていくのだろうか……。私は思わず、「ツキノシン、待って!!」と呼び止めてしまった。ツキノシンは振り返って、私の顔を見る。邪を払えば皆が幸せになると思っていた。けれど、それは私の勝手な思い込みで、邪を払ったからと言って皆が幸せになるわけではないのだ。



「これから、大丈夫なの!!? 軽蔑されたりとか、虐められたりとか!! 私も、一緒に行く!!」



何を言えば良いのか分からなかったけれど、とりあえず言いたいことは言おうと思った。私の言葉に、ツキノシンは素直に「感謝する」とお礼を言ってくれた。その表情は儚げで、自分のしたことに苦痛さえ感じた。



≪だが、同行はさせられぬ。……人の子も、避けられてしまうからな≫



そう言ったツキノシンは、再び歩き出した。……ツキノシンの言葉に、私は何も言えなくなってしまった。ただ胸に残るのは、ツキノシンの悲しげな表情と、「邪を消さなければ妖が死ぬ」という言葉。……そうだ。邪を消さなければ、妖が死んでしまうのだ。
私は帰り道、その言葉を頭の中で巡らせ、無理矢理納得しようとしていた。



[*前] | [次#]
[表紙へ戻る]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -