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キィ、という音が後ろの方で聞こえた。
貴志達と一緒に後ろを振り向くと、”車”と呼ばれる黒い乗り物が停まっている。後ろの方から、一人の男性が出てきた。



「み、見つかったらヤバイぞ! 隠れなきゃ!」



貴志の言葉に、ニャンコ先生達が慌てふためく。だけど私は、何故か、男性から目を離せなかった。顔はちゃんと見えないが、どこかで見たことがあるような髪型の男性。
私は、彼を知っているんじゃないだろうか。
何の確証もないくせに、そう思ってしまった。見慣れない服を着た彼を、私が知るはずもないのに。



「伊織?」



動かない私に、腕の中にいるヒノエが声をかける。「あ、うん」と返事をするけれど、足が動かない。見かねたヒノエが腕の中から出て、地面に着地し、私を見上げる。じっと見られて、やっと足が動いた。いや、やっと動く気になった、と言ったほうがいい。
先に建物の影に隠れてしまった貴志、ニャンコ先生、三篠の後を追おうと、足を動かす。



「駄目じゃないか、君。今は授業中だぞ」



しかし、遅かったようで、私の存在が男性に見つかってしまった。その瞬間、貴志達が「ヤバイ!」と言いそうな表情をあらわにする。私も振り向きたくはないけれど、こうなっては仕方ない。
ギギギ、と音がつきそうなくらいぎこちなく振り返る。男性と視線が合うと、私は目を丸くして驚いた。そして、何故か彼も驚きの表情を浮かべている。



「――伊織君……?」



まるで子供をあやすような落ち着いた低くて心地良い声。
その声を忘れるはずがない。貴方の顔を忘れるはずがない。だって貴方は、私を救って面倒を見てくれた。



「近藤さん……」



震える声で言う。
彼――近藤さんは、私の声を聞くと、私に駆け寄った。そして、ぎゅっと強く強く抱きしめられる。
懐かしい匂いに、目が潤んでくるのが分かった。涙が洪水のように溢れて、目から次々に流れ落ちていく。私の涙が、近藤さんの肩を濡らして染みを作る。染みが残らないうちに離れなくてはいけないのに、離れたくない。
私も近藤さんの背中に腕を回すと、近藤さんの抱きしめる力が少しだけ増した。



「本当に、君なんだな、伊織君」
「はいっ……!」



耳元で聞こえる近藤さんの声は震えている。彼も泣いているのだろうか。
近藤さんはぎゅっと一度力を込めると、私を放した。名残惜しさに近藤さんを見上げる。彼の目は涙で潤んでいて、涙を出さないようにする為か、口元に力が入っているようだ。近藤さんも私と同じ気持ちなんだ。それがとても嬉しい。



「ごめんなさい、あんな別れ方……」



私が最も嫌う別れ方を、私がしてしまった。



「もういいんだ、伊織君。こうして君と会うことが出来た。今はそれだけで充分だよ」



泣きながら俯く私に、近藤さんは優しく頭を撫でてくれる。顔を上げると、流れる涙を親指で拭ってくれた。優しく微笑まれ、それがまた涙腺を刺激する。
ふと、ジャリ、と後ろで足を擦る音が聞こえた。そうだ、貴志達も居るんだった。後ろを振り返ると、建物から顔だけを出して私達の様子を伺う貴志達と目が合った。



「近藤さん、あの、お話が……」



もう一度近藤さんに顔を向けて、そう言う。いまだ貴志達の存在に気づいていない近藤さんは「ん?」と首を傾げた。


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