07

「犬! こんな所に居たのか!」



誰かが部屋に入って来た。斎藤さんは平常心だったが、私と龍は「うわっ!?」と声に出して驚く。入ってきたのは、眉間に皺が寄っている怖そうな人。……その後ろに、何か黒い渦のようなものが浮いている。何だろう、凄く恐い……。震えと、冷や汗が止まらない。なんとか龍達にバレないようにしなければ、と思うのに、震えや冷や汗は一向に止まってはくれない。



「ん? 斎藤も居たのか」



斎藤さんに視線を向けてそう言う怖そうな人。斎藤さんはその言葉に、ただ静かに頷いた。怖そうな人の後ろの黒い渦が、何やら動きだしている。その黒い渦は、何かの形になっていくのが分かる。何だろうか……、人の形、ではないみたいだし……。だが、手だけははっきりと見える。……おかしい。右手は馬の足、左手は人間の手のように見える。どういうことだろう。



「……、娘? 何故ここに娘が?」



怖そうな人の目が、私を捕える。思わずビクッと反応してしまうところだが、私はそれを一生懸命抑えて平常心を保つ。ここで不審がられたらいよいよ追い出されてしまう。どう答えようか迷っていると、斎藤さんが淡々と私の事情を説明してくれる。そして、私に視線を向けて「名前を」と言われた。言え、ということだろう。私は慌てて姿勢を正し、手を添えて頭を下げる。



「橘伊織と申します」
「ほう、できた娘だな。犬とは比べ物にならん」
「なんだと!? つーか、伊織が名前言ったんだから、アンタも言うのが礼儀ってもんじゃないのか?」



龍を侮辱したことに内心少し腹が立ったが、私は大人しくする。だが、怖そうな人が自分の名前を言わないことに龍が怒った。「そんな、良いのに……」と慌てつつも、怒りの矛先が自分に向いたらどうしよう、という考えに私はただ黙るばかり。しばらく沈黙が続くと、怖そうな人が「フン」と鼻を鳴らし、「芹沢鴨だ」と言ってくれる。慌てて、ペコ、ともう一度頭を軽く下げる。



『橘伊織、か』
『へえ、アンタ、あの妖が見える娘なのかい?』



頭上から声がした。この場には、私、龍、斎藤さん、芹沢さん以外に人が居ない。ということは、この声は妖の可能性が高い。まさか、斎藤さんと芹沢さんについていた妖なのだろうか。ここは無視だ。見えないふり、聞こえないふりをするのが一番。とりあえず、此処をはなれよう。妖が居ない所に行って、まずは落ち着こう。



「……あの、すみません。私、用事ができたのでお暇しても宜しいでしょうか?」



案内されたばかりで何もすることがないというのに、この理由は少し嘘っぽかっただろうか。でも、今は緊急事態。「ああ」と許可をくれる斎藤さんにホッとしつつも、「ありがとうございます」とお礼を言って、立ち上がる私。「妖がついて来ませんように」と、そう願いつつ、部屋を出た。




 ***




外の風景を見つつ、縁側を歩く。今の季節は夏。木にいるであろう蝉が、ミーンミーン、とうるさく鳴いている。蝉の声を聞くと「夏だなあ」と改めて実感できる。



「――ねえ、橘ちゃん」



いきなり声をかけられ、ビクッ、と反応してしまう。もしかしたら妖なのではないか、と心臓をバクバクしつつも恐る恐る後ろを振り返る。「あ……」と思わず口から声が出る。そこには、沖田さんがニコニコとしながら立っていた。妖ではないことにホッとする。けれど、沖田さんの纏う空気が重い。嫌な予感しかしないけれど、一応「なんですか?」と聞いておく。



「ここから出て行ってくれない?」



――…え……?



「手伝いとはいえさ、男だらけの中に女の子がいたら規律が乱れちゃうかもしれないでしょ?」



沖田さんの表情は笑みを浮かべているが、目は笑っていないことに嫌でも気づいてしまった。沖田さんが怖くて、私は腰が抜けそうになる。震える手を拳を固く作ると、「……出て行ってよ」と低い声で言われる。……確かに、沖田さんの言う通りかもしれない。私のせいで規律が乱れるのなら、原因である私は居ないほうが良いに決まっている。



「そ、ですね……、分かりました……」


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