04

――スパンッ!!
「犬!! こんな所に居たのか!!」



突然勢いよく音を立てて襖が開き、誰かが入ってきた。斎藤さんは平常心だったが、私と龍は「うわっ!!?」と声に出して驚く。入ってきたのは、眉間に皺が寄っている怖そうな人。……その後ろに、何か黒い渦のようなものが浮いている。何だろう、凄く恐い……。震えと、冷や汗が止まらない。なんとか龍達にバレないようにしなければ、と思うのに、震えや冷や汗は一向に止まってはくれない。



「ん? 斎藤も居たのか」



斎藤さんに視線を向けてそう言う怖そうな人。斎藤さんはその言葉に、ただ静かに頷いた。怖そうな人の後ろの黒い渦が、何やら動きだしている。その黒い渦は、何かの形になっていくのが分かる。何だろうか……、人の形、ではないみたいだし……。だが、手だけははっきりと見える。……おかしい。右手は馬の足、左手は人間の手のように見える。どういうことだろう。



「……娘……? 何故ここに娘が?」



怖そうな人の目が、私を捕える。思わずビクッと反応してしまうところだが、私はそれを一生懸命抑えて平常心を保つ。ここで不審がられたらいよいよ追い出されてしまう。どう答えようか迷っていると、斎藤さんが淡々と私の事情を説明してくれる。そして、私に視線を向けて「名前を」と言われた。言え、ということだろう。私は慌てて姿勢を正し、膝前に手を添えて頭を下げる。



「橘伊織と申します」
「ほう、できた娘だな。犬とは比べ物にならん」
「なんだと!!? つーか、伊織が名前言ったんだから、アンタも言うのが礼儀ってもんじゃないのか?」



龍を侮辱したことにイラッとしつつも、私は大人しくする。だが、怖そうな人が自分の名前を言わないことに龍が怒った。「そんな、良いのに……」と慌てつつも、怒りの矛先が自分に向いたらどうしよう、という考えに私はただ黙るばかり。しばらく沈黙が続くと、怖そうな人が「フン」と鼻を鳴らし、「芹沢鴨だ」と言ってくれる。慌てて、ペコ、ともう一度頭を軽く下げる。



≪橘伊織、か……≫
≪へえ、アンタ、あの妖が見える娘なのかい?≫



頭上から声がした。この場には、私、龍、斎藤さん、芹沢さん以外に人が居ない。ということは、この声は妖の可能性が高い。まさか、斎藤さんと芹沢さんについていた妖なのだろうか。ここは無視だ。見えないふり、聞こえないふりをするのが一番。とりあえず、此処をはなれよう。妖が居ない所に行って、まずは落ち着こう。



「……あの、すみません。私、用事ができたのでお暇しても宜しいでしょうか?」



自分が寝かされていた部屋だというのに、この理由は少し嘘っぽかっただろうか。でも、今は緊急事態。「ああ」と許可をくれる斎藤さんにホッとしつつも、「ありがとうございます」とお礼を言って、立ち上がる私。「妖がついて来ませんように」と、そう願いつつ、部屋を出た。




 ***




外の風景を見つつ、縁側を歩く。今の季節は夏。木にいるであろう蝉が、ミーンミーン、とうるさく鳴いている。蝉の声を聞くと「夏だなあ」と改めて実感できる。



「――ねえ、橘ちゃん」



いきなり声をかけられ、ビクッ、と反応してしまう。「もしかしたら妖なのではないか」と心臓をバクバクしつつも恐る恐る後ろを振り返る。「あ……」と思わず口から声が出る。そこには、沖田さんがニコニコとしながら立っていた。妖ではないことにホッとする。けれど、沖田さんの纏う空気が重い。嫌な予感しかしないけれど、一応「なんですか?」と聞いておく。



「君さ、本当は近藤さんを騙してるんでしょ?」



――…え……?



「優しい近藤さんにつけ込んで、僕達を騙そうとしている。違う?」
「っ私、そんなことしてません……!!」



冷たい目をする沖田さんに強くは言えず、私は弱々しくも反攻した。その瞬間、沖田さんの表情が一瞬にして無くなった。沖田さんが怖くて、私は腰が抜けそうになる。震える手を拳を固く作ると、「……出て行ってよ」と低い声で言われる。……ああ、まただ。私は、必要とされない存在なんだ。



「……そ、ですね……、分かりました……」



脳裏に、お菊さんの綺麗で明るい笑顔が浮かんだ。ねえ、お菊さん。私、またお菊さん達と暮らしたいよ……。もう叶わないことなのに、そう思ってはまた喪失感が私を襲う。


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