03

「橘君、今から此処が橘君の家だ」
「え……?」



だから、もう”ひとり”じゃないよ。
私の頭を優しく撫で、優しい微笑みで言う近藤さん。裏が無いとすぐに分かるほど、近藤さんの笑顔は眩しものだ。凄く、温かい。温かくて、私とは違う優しい人。ふと、近藤さんが「ど、どうしたんだ!?」と驚いた表情を見せた。その言葉に、頬を伝うものに気づく。いつの間にか目は熱く、涙を流してしまっていたらしい。私は咄嗟に俯き、着物の裾で一生懸命涙を拭く。けれど、涙はおさまってくれない。まさか私が泣くとは思っていなかったのか、目の前に居る近藤さんや、皆が慌てている。



「……っ……」



嬉しかったんだと思う。嬉しくて、嬉しすぎて、涙が出たんだと思う。ずっと独りで、お菊さん達の家に居候させてもらってたけど、結局は独りになって……。でも、今は……、いや、これからは多分独りじゃない。まだ完全に信頼されたわけじゃないけど……、私には、近藤さんが居る。




 ***




……泣き疲れて寝てしまったのだろうか。私はいつの間にか、敷かれた布団の上で寝ていた。寝たまま辺りを見渡せば、置物が少ない殺風景な部屋の風景があった。誰かが使っていた形跡もないし、きっと空き部屋なのだろう。……近藤さん、何処だろ……。少し寂しくなって、また布団の中に入った。けれど、何処からか、バタバタバタッ、と大きな足音が聞こえた。そして、



――スパンッ!!



知らない人が慌てて入ってきて、襖を思いっきり閉めた。私は驚いて、上半身を起こした状態で思わずその人物を凝視してしまった。恐い思いを紛らわす為に、布団をぎゅっと握りしめる。そして、この状況をどうにかしないと、と思い声をかける。



「誰、ですか……?」



私の声に、その人物は驚いて振り返り、私を見る。けれど、その人は私を驚いた表情で見るだけで何も喋らない。私もどう話しをきり出したらいいのか分からず、しばらくお互いを見つめ合う状態になる。



「……アンタ、誰だ?」



長い沈黙に耐えかねたのか、相手が先に声をかけてきた。ボサボサした青色をした髪の男性は、私の隣に胡座(あぐら)をかく状態で座った。あの人達とは違い、警戒心がないようだ。どうしよう。この人知らない人だし、もし新選組に捕まった人なのだとしたら私危険なんじゃ……。



「あー…、俺は井吹龍之介。言いたくなかったら、別に良いんだが……」



戸惑う私の心の内を察したのか、気まずそうに頭をガシガシと掻きながら言う男性。いぶきりゅうのすけ、というのか。自分から名前を言うのだから、きっと新選組に勤めている人なのだろう。慌てて「橘伊織です」と言うと、彼はぱあっと笑みを浮かべて「いくつだ?」と聞いてきた。正直に「十六です」と答えると、驚いた表情をされた。どうやら同い年らしい。そういえば、今まで同い年の友人っていなかったな。……友人に、なってくれるかな……。



「なんつーかさ、今まで俺、同い年の友人って呼べる奴一人も居なかったんだよな……。だから、初めて同い年の友人ができて、俺は凄く嬉しいんだ」



そう言って、嬉しそうに笑う井吹さん。それは本当に心の底から喜んでいるような表情をしていて、私もなんだか嬉しくなってしまった。嬉しい、私なんかを友人って言ってくれた。私なんかが、友達で良いの……? そう聞けば、「なーに言ってんだよ。良いに決まってんだろ?」と返事が返ってきた。ニカッ、と元気良く笑う井吹さんの手が、私の頭を優しく撫でる。私も嬉しくて、新選組に来て初めて心の底から笑った。



「ありがとう、井吹さん」
「普通そこで礼言うかァ? あ、名前で良いぜ。俺も伊織って呼ぶからさ」
「あ、じゃ、じゃあ龍で、良いかな? 龍之介だと長いし」
「ああ、構わないぜ」



笑い合う私と、初めてできて友人の龍。本当に、本当に嬉しい。でも、龍が妖のことを知ってしまったら、どう反応するだろうか。私から離れていってしまうのだろうか。自然と後ろ向きな思考をしていることに気づき、話題を変えようと口を開く。「どうしてこの部屋に入ってきたの?」と私が聞くと、龍は青ざめた表情で「あっ!!」と声をあげた。結構大きな声で急に言った為、私の肩がビクッと反応してしまう。恥ずかしい。でも、龍はそんな私に気づいていないようだ。良かった。



「いっけねェ、芹沢さんに追いかけられてたんだ……」
「芹沢さんって?」
「俺を拾ってくれた命の恩人、なんだが、俺をこき使うんだよなァ……」



頭をガシガシと掻きながら、眉間に皺をよせて言う龍。相当、その芹沢さんって人のことが苦手なようだ。その時、誰かが部屋に入ってきた。私と龍は反射的に開いた襖へと顔を向ける。……そこに居たのは、意外にも斎藤さんだった。斎藤さんは、私の顔を見ると、次に龍へと視線を向ける。「今良いか?」と聞かれ、慌てて「はい」と頷く。……でも、どうしても、斎藤さんの後ろにいるヒノエへと視線がいってしまう。これでは、また気味悪がられる。せっかく、友達と呼べる人ができたというのに。



「どうかしたんですか?」
「……いや、また二人きりの時に話そう」



目を閉じてそう言う斎藤さん。二人きりって、余程大切な話なのかな……。出てけって言われたらどうしよう……。私が心臓をバクバクさせながら不安になっていると、龍が「へぇ〜」と言った。龍へと顔を向けると、龍はニヤニヤしながら斎藤さんを見ているではないか。なんで。



「それって、他人に聞かれちゃ駄目なことなのか?」



……まあ、聞かれたら駄目だから二人きりが良いって言ったんでしょうね。龍の問いに、斎藤さんはさも当然と言うかのように無表情で「そうだが?」と答えた。龍はいまだにニヤニヤしている。「ふぅーん、あの恋に興味の無いアンタがねェ」と言う龍に、私は彼が勘違いしていることに気づく。



「私と斎藤さん、今日初めて会ったばかりだから、そういう関係じゃないよ」
「えっ!!? 違うのか!!? 俺、てっきり恋仲かと……!!」



案の定、龍は私と斎藤さんが恋仲だと思っていたようだ。苦笑してしまうが、事情を知らない立場からすれば仕方ないと思う。けれど、斎藤さんは以前から龍のことを知っていたようで、呆れたように「馬鹿か」と呟いた。勿論、龍はその言葉を聞いて「っなんだとゴラ!!」と突っかかる。
……喧嘩はやめましょうよ。


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