03

額に冷たい何かが置かれて、目が覚めた。
瞼を開けて、焦点の合っていない目で目の前の何かを見る。それをジッと見ていると、それが一体何なのか、やっと分かった。優しそうな笑顔を浮かべる男性は「大丈夫かい?」と私に聞く。……この声、私が倒れた時に聞いた声と似てる。



「すまないね、看病をしなければいけないと思って勝手に運んでしまったよ」



そう言われても、何の事なのか、寝ぼけた頭では考えることが出来なかった。とりあえず体を起こそうと腕を支えに上半身を起こすと、男性もそれを手伝ってくれる。その際に額に置かれていた濡れた手ぬぐいは彼が取ってくれた。……優しい人。
彼は”勝手に運んでしまったよ”と言っていた。私は寝る前に一体何を……、なに、を……。そうだ、思い出した。私はあの時、あの場所で、見たくないものを見てしまったんだ。



「……あの団子屋で、働いていたのかい?」



まるで子供をあやすような落ち着いた低くて心地良い声。力無く頷くと、「そうか」と小さく返事が返ってきた。それ以上は何も聞いてこない。静寂が私達を包み込む。
お菊さん達が亡くなったというのに、涙は出てこなかった。まだ実感が湧かないのかもしれない。生きているのだと信じたいのかもしれない。もうお菊さん達に会うことは叶わないって、分かっているのに。
頭に燃えて黒い灰となってしまった団子屋の風景が頭をよぎる。それと同時に、焦げ臭い嫌な臭いも思い出してしまう。ズキ、と頭が痛み、痛んだこめかみ辺りを手でおさえる。それでも痛みは引かないが、気休めにはなるかもしれない。



「気分が優れないのなら、もう少しゆっくりすると良い」
「……いえ、帰らないと……」
「……なら私も共に行こう。そんな状態で一人にさせるのは心配だ」



「行こうか」と言う男性は、私に手を差し伸べた。信用しても良いものか迷ったけれど、現在地の場所すら分からない今では、この男性が頼りだ。恐る恐る手を取ると、男性は優しそうな微笑みを浮かべ、立ち上がる私の体を支えてくれた。
おぼつかない足取りで歩き出す。心が暗いせいか、不思議と足も重く感じる。どうして、この男性は私を助けてくれたのだろう。「段差に気を付けて」と言ってくれる彼は、果たして本当に人間なのだろうか。……こんなこと考えるなんて、自分が嫌いだ。



「……人、居ないんですね」



庭を見て、そう言う。
彼の一人暮らしなのだろうか。それでも、この家は一人で住むには大きすぎる。
そう考えて、ハッとした。誰でも個人的な詮索は嫌うもの。慌てて「ごめんなさい」と謝ろうとするが、先に「今は出払っていてね」と説明をされた。その表情は穏やかで、私の言葉を気にしていないようだ。



「皆が帰ってきたら、騒がしくて君は驚くだろうなあ」



そう笑う男性の言葉で、家族が居るのだと分かる。家族、か……。私が家を出て行ってから、両親は私のことを少しでも心配してくれただろうか。今となっては分かるわけがないけれど、今でも自分が家族に未練があるのだと嫌でも思い知らされる。
男性について行くまま、門から外に出た。どのくらい大きな家なのだろう、と家を振り返る。武家屋敷よりも小さいが、普通の家よりも大きい。家族と共に過ごすには充分な広さだ。次に、門へと視線を移す。門に掛けられた板に書かれた達筆な字を見て、驚く。

……新、選組、屯所……?


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -