02

彼女は”山本菊”と名乗った。
どうやら私のことは、この辺りでは神社に住み着いた幽霊と思われていたようだ。……最近、神社の参拝者が減っていたのは私のせいだったらしい。

二十歳になったばかりだという彼女の手を取るには、私はあまりにも臆病になりすぎた。人間であるはずなのに、彼女でさえも人間の皮を被った妖なのではないか、と思ってしまった。信じるには情報が足りない、足りなさすぎる。

躊躇する私に気づいたのか、彼女は「なにも貴女を売ろうだなんて考えていないわ」と笑みを浮かべた。

それからは本当にあっという間だった。
手を引かれて神社を出て、彼女の家で身を綺麗にし、新しい着物も与えてもらった。彼女の両親が団子屋を営んでいるということで、私はその団子屋で働くことになった。彼女も彼女の両親も私に良くしてくれて、私が彼女達を信頼するのはそう時間がかからなかった。



 ***



あれから一年。
私の目の前には、信じられない、信じたくない光景が広がっている。燃え盛る炎、空に舞い上がる火の粉、焦げ臭い匂い、……買い物に行く前、私が働いていた場所。

お菊さんやそのご両親と働いている団子屋が、燃えている。

人が集まり、何人かが消火活動をしている中、私は動けないでいた。たった一年とはいえ、あそこには楽しい思い出が詰まっている。……いや、詰まっていた。買った物が入っている籠が手から滑り落ち、地面に当たって音を立てた。親切な誰かが「あんた落としたよ」と声をかけてくれたが、それさえもどうでも良かった。

頭が真っ白になる。目の焦点が合わない。



「嘘、嘘嘘嘘……!」



嘘って、言って。誰か、お願い。

くしゃ、と両手で髪の毛を掴む。一瞬力が入るものの、すぐに力が抜けてしまった。手が震える。足も震える。力が入らない。胸が、痛くて苦しい。
ガクン、と膝から崩れ、体が地面に倒れた。地面に倒れる際に打ち付けた体の箇所が痛いが、どうにかしようにも体に力が入らない。「大丈夫かい!?」と声をかけてくれた人に返事も出来ずに、私は意識を手放した。

神様、お願いです。
私の大切な人達を返して。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -