30

翌日
貴志の部屋でのんびりと本を読んでいたら、ヒノエと三篠が慌てた表情で窓から勢いよく部屋に入ってきた。「伊織!!」「大変だよ!!」突然現れたヒノエと三篠に吃驚し、私や貴志、ニャンコ先生はビクッと固まってしまう。どもりつつ、「な、何?」「どうしたんだ?」と用件を聞こうとする私と貴志。ニャンコ先生は貴志の隣で黙ってヒノエと三篠に目を向けている。



「龍之介殿と千鶴殿に似た者達が的場一門に攫われた」



乱れた息を整えつつ、三篠はそう言った。その瞬間、私の頭の中が真っ白になる。疑問がいくつか浮かぶ。いまだに会えずにいる友人達に似ている人達。その人物達がもし、本当に龍や千鶴達だったら……。まだちゃんと顔を確認したわけでもないのに、二人に似た人物を助けたい気持ちが溢れ出て来る。



「貴志っ、私、その……!!」



身を乗り出して貴志に言う私。だが、焦ってしまい言葉がうまく出てこない。しかし、貴志は私が言いたいことが分かったのか、「大丈夫だ、伊織。行こう」としっかりと私の目を見て言ってくれた。私はその事に泣きそうになりつつも、頷いた。



「ヒノエ、三篠。俺達を、的場一門の屋敷に連れて行ってくれないか?」



貴志が、ヒノエと三篠に同意を求める。ヒノエと三篠は「勿論」と言って頷いてくれた。ヒノエが私の背を向けてしゃがむ。……これは、乗れということだろうか。私は確認もせずにヒノエの背に乗る。すると、ヒノエと三篠が家から出て何処かに向かう。貴志とニャンコ先生がついてきているか不安で後ろを向くと、斑になったニャンコ先生に跨った貴志が着いてきていた。ホッとし、再び前を向く。




 ***




的場一門の裏門の近くへ来た私達は、誰にも気づかれないように木々に隠れていた。外には的場一門の一員らしき人達が何人かいるが、少数である為なんとか出来そうな数だ。



「地下に、人間の匂いがプンプンするな。一人や二人のものではないぞ」



招き猫姿のニャンコ先生が、鼻をクンクンと動かしながら小さく言う。その言葉に、貴志が「人間……?」と呟く。「人間」「一人や二人のものではない」ということは、もしかしたら龍や千鶴に似た人達のことかもしれない。そう考えると、自然と眉間に皺が寄る。「今から作戦を言うよ」と言うヒノエの言葉に、私はヒノエに視線を向ける。ヒノエの視線は裏門にいっていて、私達を見ていない。



「夏目と斑と私が裏門から堂々と入って家中を騒がせる。その隙に、伊織と三篠は気付かれないように地下に行ってくれ」



堂々と……、それではヒノエ達が危ない。そう思い、ヒノエを見る。ヒノエは私の心配そうな視線に気づいたのか、私へと視線を向け、微笑んで私の頭を優しく撫でてくれた。「大丈夫」という意味なのだろうけれど、やっぱり心配や不安は拭い切れない。



「地下に行ったら、すぐに牢屋の部屋があるはずだ。あの二人に似た人物達は、恐らくその牢屋に居るだろう」



やけに詳しいヒノエに、貴志が「やけに詳しいんだな」と言う。そのことにヒノエは顔を赤くし、三篠は「……ヒノエは一度、的場に捕まったことがあるんだ」と言った。まさかのヒノエの過去に、貴志も私も驚いてしまう。ヒノエは更に顔を真っ赤にして「うるさい!!」と小さく怒鳴った。



「では、行くぞ」



ニャンコ先生の言葉を合図に、ヒノエ、貴志、ニャンコ先生の三人が動き出した。私と三篠はその場に残り、頃合いを見て中に入る予定だ。




 ***




「はあ……、何でこんな事に……」



思わず溜息をつきたくなってしまう。それもそのはず。生まれ変わった俺、井吹龍之介は何故か変な牢屋に入れられているのだから。
俺達は、俺の通っている学校である立海大付属中、他校の青春学園、氷帝学園、四天宝寺中、比嘉中と合同合宿をしていたのだ。それなのに、いきなり現れた訳の分からん連中に気絶させられ、気が付いたらこの牢屋で眠らされていた。



「龍之介、大丈夫か?」
「大丈夫なわけないだろ……」



心配そうに見えないが心配そうに俺を気遣ってくれるこの糸目でおかっぱ頭の男は、柳蓮二。俺が通っている立海大付属中の友人だ。俺も柳も三年生。帰宅部であった俺は、クラスメイトの丸井ブン太に強制的に立海大付属中の男子テニス部マネージャーにさせられたのだ。



「……千鶴、大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫……」



恐怖のせいで震えているコイツは、雪村千鶴。俺と同じで、かつて新選組に居た奴だ。千鶴は俺と同じ立海大付属中で、テニス部部長の幸村精市に誘われてマネージャーになった。「無理しちゃ駄目だよ?」と幸村に心配され、「大丈夫」と千鶴は言うものの、千鶴の体はいまだ震えていて目に涙も溜まっている。相当無理しているのが分かるが、当の本人である千鶴は幸村を安心させようと無理矢理笑みを浮かべる。そのことに、幸村は更に心配そうな表情になった。



「チッ……、どうにかして此処から出ねぇと……」
「せめて道具があれば……」



そう言うのは氷帝学園のテニス部部長の跡部景吾と、青春学園のテニス部部長の手塚国光。確かに、使えそうな道具があればこの牢屋からは出られるだろうが……、世の中そんな都合よく出来てはいない。



「……まさか…、俺達を売る気やないやろな……?」
「ええ!!? そんなん嫌や!!」



青ざめながら、そう言う四天宝寺の忍足謙也と遠山金太郎。二人の会話を聞き、俺を含め皆が青ざめる。と、その時だ。頭上から何か騒いでいる声や音が聞こえた。「チッ、何処から入ってきたんだアイツ等……!!」「捕まえろぉお!!」と聞こえる怒声にも似た声は、明らかに焦っているのが分かる。牢屋からでは何が起こっているか分からない為、余計に不安が増す。比嘉中の木手永四郎が「騒がしいですね」とそう呟く。急に起こった出来事に、誰もが身を縮める。自然と、心臓がドクンドクンとはやく鳴る。じっとしていても、分かる程だ。すると、



――キィィ、バタン……



と、牢屋の部屋の扉が開かれる音がした。近くで聞こえるその音に、千鶴が小さく悲鳴をあげながら、恐怖のあまり近くにいる幸村にしがみつく。幸村が千鶴の頭を撫でて、落ち着かせようとする。だが、一向に震えが収まらない。



「此処のようだな」
「牢屋がたくさんある……」



聞き覚えのある声がふたつ、聞こえた。俺は思わず唖然とする。千鶴も「え」と声を漏らして唖然とした。俺は息を止め、その声をちゃんと聞き取る為に耳をすます。



「声がしないね……。本当に居るのかな?」
「恐怖で声が出ないのだろう」



やっぱりそうだ。絶対に、聞こえてくるこの声はアイツ等の声だ。俺は立ち上がって牢の檻に手をつける。そして、



「伊織!! 三篠!!」



二人の名前を叫んだ。


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