29

落ち着きを取り戻したヒノエが、「伊織、新選組の事だけど」と呟くようにそう言った。だけど私には、妙にその声が大きな声に聞こえた。私は背筋を伸ばして次のヒノエの言葉を待つ。ヒノエは俯き、悔しそうに拳に力を込めた。



「皆は、本当によく頑張ったよ。負け戦だと分かってても、”誠”を貫き通した」



そうだ、あれからもう百年以上。あの日々を共に過ごした人達は、もう居ない。ヒノエの話によると、私が死んで一番泣いていたのは龍だったらしい。何日も何日も泣いて、涙が枯れるんじゃないかと思った、と言うヒノエは苦笑している。ヒノエの話を聞いて、龍の笑顔が頭に浮かんだ。一番最初にできた、一番の友達。それが龍なのだ。「そっか。龍が、そんなに……」と呟くように言うと、泣くよりも、なんだか笑えてきてしまった。嬉しい、のかな……。うん、嬉しいんだ……。



「……土方殿達についてだが、少し気になることがあってな」
「え? どんな?」
「――…一週間程前、土方殿達に似ている人物を見つけた」



三篠の言葉に、時が止まった気がした。あれから百年以上も経った今、土方さん達が生きているはずがない。それなのに、どうして似ている人物が目撃されているのだろう。しかも、”達”ということは一人ではなく複数。「それは、どこで?」と聞くと、「江戸だ。今では東京というが」と三篠が答えてくれる。江戸……、此処からじゃ遠そうだ。それに、江戸のどこに居るのかも分からないのに行くっていうのは無謀な気がする。そんなことを考えていると、ニャンコ先生が私の膝の上にやってきた。



「此処からだと江戸は遠いな。行くには結構の時間がかかるだろう」



ニャンコ先生の言葉に「やっぱり……」と俯く。ただ似ているだけだったとしても、このまま会えず終いになるのは気分が晴れない。一人でしょぼくれていると、ニャンコ先生に足をバシッと叩かれた。それにより思わず「いたっ!」と声を出して反応してしまう。驚いたニャンコ先生に視線を向けると、



「辛気臭い顔をするな。酒がまずくなるだろう」



と怒られてしまった。思わず咄嗟に「ご、ごめん」と謝る。ニャンコ先生の言葉が癇に障ったのか、「ニャンコ先生!! そんなことで伊織を叩くなよ!!」と怒る。更にそれが癇に障ったのか「にゃにをぅ!!?」とニャンコ先生も怒ってしまった。



「大体ニャンコ先生は乱暴なんだ!!」
「どこが乱暴だ!! ただの躾ではないか!!」
「躾!!? 伊織を躾ける必要はないだろう!!」



口喧嘩を始める貴志とニャンコ先生。他の妖達も呑気に酒を飲んで騒いでいる。自然と、頬が緩んでいくのを感じる。
戦も争いも無い、平穏な日々。正直、新選組の皆と一緒に過ごした時と同じくらい楽しい。もし、私と同じように土方さん達がこの時代に居るのなら……、皆は、昔みたいに笑えているのかな……。私みたいに、昔も今も”幸せだ”って感じてるのかな……。そうだと、私も嬉しいのだけれど。



「伊織も酒、飲むか?」
「あ、ううん。私はいいよ」



三篠の言葉に、私は首を横に振る。ここだけの話、私はお酒はあまり好きじゃない。お菊さんに無理矢理飲まされたのが初めてなんだけれど、酔いつぶれて寝た翌日、頭が凄く痛かったのが原因。もう、あんな痛いのは御免だ。



「フッ、伊織はつれないな。まさか、酔った途端性格が急変するとか?」
「いや、それはないけど、」
「どれ、飲ませてやろう」
「えッ!!?」



まるまる一本の酒を片手に私に馬乗りになる三篠。その手にはまるまる一本の酒。青ざめる私に対し、酔っている三篠はお構いなしに私の口元に酒を近づける。ひ、ひぃいい!! 迫りくる酒を手で阻止しつつも「た、貴志!! 助けてー!!」と貴志に助けを求める。そんな私に気付いたのか、貴志がニャンコ先生との口喧嘩を止めて、こちらを見て固まった。そして、なんだか背後に黒い何かを纏い、こちらにズンズンと歩いてきた。



「伊織に変な事をするな!!」
――ゴッ!!
「っぐふ!!」



貴志が思いっきり三篠の頭を殴った。それにより、三篠が畳に沈没する。威力が強かったのか、三篠は地に伏せたまま起きない。そんな三篠を見て青ざめていると、「伊織、何もされてないか!!?」と貴志が私の両肩を掴んでズイッと詰め寄る。若干恐い。



「う、うん、大丈夫……、私は……」
「そうか、良かった」



私の言葉に、貴志は安心したかのように微笑んだ。……うん、でもね貴志?貴志の後ろに沈んでる三篠、結構重症だよ……? ……まあ、気づいてないんだろうけど……。


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