「舳丸様の妻となりました、すずと申します。宜しくお願い致します」
「侍女のお里に御座います」
実家を出て、舳丸様が住んでいるという海辺のすぐ近くの家に来た。
着いたは良いものの、少々驚いていることがある。
その家に女性は一人もおらず、全て男性なのだ。
しかも、一人二人ではなく十人を超える人数。
戸惑いながらも挨拶をすると、一番年上であろう男性が笑って口を開いた。
「俺はこの兵庫水軍を束ねる兵庫第三協栄丸だ。舳丸のこと頼むな!」
人の好さそうな笑顔に安心し、私も「はい」と頷く。
第三協栄丸さんに続き、他の人達も各々名前を言っていってくれる。
しかし、流石にこんな大勢の名前を一気に言われても覚えきれない。
全員が名前を言い終わった時、一人の男の人が「はいはーいっ」と元気に手を挙げた。
「どうした、網問?」
「お頭、宴会やりましょうよ! パーっと、ね!」
”網問”と呼ばれた人に、第三協栄丸さんは「おっ、良いなあ!」と豪快に笑う。
それを機に、周りが盛り上がって次々と宴会の準備がされていく。
その様子をどうしようかと困惑しながら見ていると、誰かに肩を軽く叩かれる。
「すず姉、お酒飲めます?」
すず姉……?
明るい笑顔で聞いてくる紺色の髪をした男性に、戸惑いつつも「ちょっとなら」と返事をする。
すると彼は「良かった!」と言うと、私の背中をぐいぐいと押し始めた。
「えっ、ちょ、」と戸惑いながら、押される方向へと歩みを進める。
「っ!」
「っ、ごめんなさい……!」
押されていると誰かに肩がぶつかった。
慌てて謝りながら顔を見ると、その人は舳丸様だった。
舳丸様は驚いた表情をしながら、「いや……」と言う。
「はいはいっお二方、ちゃんと隣同士で座ってくださいっ」
私と舳丸様の肩を掴んで、無理矢理座らせる男性。
明らかに肩が当たっている状態で座らせられ、舳丸様との距離が無くなる。
伝わる体温に恥ずかしくなりつつも、離れることができない。
一人戸惑っていると、私達を座らせた男性が「うんうん」と笑顔で頷く。
その時、舳丸様が男性のことを「重」と呼んだ。
「先にすずに料理を持ってきてやってくれ」
「はいっ!」
重と呼ばれた男性は元気良く返事をすると、第三協栄丸さんのもとに走って行った。
そんな後ろ姿を見ていると、横から「気楽に過ごしていれば良い」と声をかけられる。
えっ、と思いつつ舳丸様を見ると、舳丸様は私を見ていなかった。
しかし、あれは確かに舳丸様の声……。
「……、旦那様、と、お呼びしても……?」
恐る恐るそう聞くと、今度はちゃんと目を合わせてくれた。
「ああ」という言葉に、私は内心心躍る。
「有り難う御座います」とお礼を言い、姿勢を正す。
これでなんとなく夫婦っていう実感が湧いてきた。
「さあさあ、どうぞっ!」
私の為に料理を取りに行ってきてくれていた重が戻ってきた。
余程結婚が嬉しいのか重は満面の笑顔で、まるで犬が尻尾を振っているかのように見える。
料理を持ってきてくれた重に「有り難う」とお礼を言うと、「はいっ」とまたもや笑顔で返ってきた。
旦那様に「お先に失礼します」と断りを入れ、いざ料理に手を付けようかと思ったが……。
「…………」
重のキラキラとした視線が突き刺さっていて食べづらい。
たまらず止まっていると、隣で見ていた旦那様が「重……」と呆れながら重の名前を呼ぶ。
重は旦那様が何故そんな表情をするのか分からないのか、きょとんとしている。
「そんなに見ていたらすずが食べれないだろう」
「ああ、そうですねっ。失礼しましたっ」
旦那様の言葉により、重が慌てて下がる。
しかし、その表情はなおも笑顔で、なんだか苦笑してしまった。
視線が無くなり、焼き魚を一口食べると、とても美味しい味が口いっぱいに広まった。
思わず「美味しい……」と小さく声に出る。
この味、父上達にも食べさせてあげたいな……。