其の四



「舳丸様の妻となりました、すずと申します。宜しくお願い致します」
「侍女のお里に御座います」



実家を出て、舳丸様が住んでいるという海辺のすぐ近くの家に来た。
着いたは良いものの、少々驚いていることがある。
その家に女性は一人もおらず、全て男性なのだ。
しかも、一人二人ではなく十人を超える人数。
戸惑いながらも挨拶をすると、一番年上であろう男性が笑って口を開いた。



「俺はこの兵庫水軍を束ねる兵庫第三協栄丸だ。舳丸のこと頼むな!」



人の好さそうな笑顔に安心し、私も「はい」と頷く。
第三協栄丸さんに続き、他の人達も各々名前を言っていってくれる。
しかし、流石にこんな大勢の名前を一気に言われても覚えきれない。
全員が名前を言い終わった時、一人の男の人が「はいはーいっ」と元気に手を挙げた。



「どうした、網問?」
「お頭、宴会やりましょうよ! パーっと、ね!」



”網問”と呼ばれた人に、第三協栄丸さんは「おっ、良いなあ!」と豪快に笑う。
それを機に、周りが盛り上がって次々と宴会の準備がされていく。
その様子をどうしようかと困惑しながら見ていると、誰かに肩を軽く叩かれる。



「すず姉、お酒飲めます?」



すず姉……?
明るい笑顔で聞いてくる紺色の髪をした男性に、戸惑いつつも「ちょっとなら」と返事をする。
すると彼は「良かった!」と言うと、私の背中をぐいぐいと押し始めた。
「えっ、ちょ、」と戸惑いながら、押される方向へと歩みを進める。



「っ!」
「っ、ごめんなさい……!」



押されていると誰かに肩がぶつかった。
慌てて謝りながら顔を見ると、その人は舳丸様だった。
舳丸様は驚いた表情をしながら、「いや……」と言う。



「はいはいっお二方、ちゃんと隣同士で座ってくださいっ」



私と舳丸様の肩を掴んで、無理矢理座らせる男性。
明らかに肩が当たっている状態で座らせられ、舳丸様との距離が無くなる。
伝わる体温に恥ずかしくなりつつも、離れることができない。
一人戸惑っていると、私達を座らせた男性が「うんうん」と笑顔で頷く。
その時、舳丸様が男性のことを「重」と呼んだ。



「先にすずに料理を持ってきてやってくれ」
「はいっ!」



重と呼ばれた男性は元気良く返事をすると、第三協栄丸さんのもとに走って行った。
そんな後ろ姿を見ていると、横から「気楽に過ごしていれば良い」と声をかけられる。
えっ、と思いつつ舳丸様を見ると、舳丸様は私を見ていなかった。
しかし、あれは確かに舳丸様の声……。



「……、旦那様、と、お呼びしても……?」



恐る恐るそう聞くと、今度はちゃんと目を合わせてくれた。
「ああ」という言葉に、私は内心心躍る。
「有り難う御座います」とお礼を言い、姿勢を正す。
これでなんとなく夫婦っていう実感が湧いてきた。



「さあさあ、どうぞっ!」



私の為に料理を取りに行ってきてくれていた重が戻ってきた。
余程結婚が嬉しいのか重は満面の笑顔で、まるで犬が尻尾を振っているかのように見える。
料理を持ってきてくれた重に「有り難う」とお礼を言うと、「はいっ」とまたもや笑顔で返ってきた。
旦那様に「お先に失礼します」と断りを入れ、いざ料理に手を付けようかと思ったが……。



「…………」



重のキラキラとした視線が突き刺さっていて食べづらい。
たまらず止まっていると、隣で見ていた旦那様が「重……」と呆れながら重の名前を呼ぶ。
重は旦那様が何故そんな表情をするのか分からないのか、きょとんとしている。



「そんなに見ていたらすずが食べれないだろう」
「ああ、そうですねっ。失礼しましたっ」



旦那様の言葉により、重が慌てて下がる。
しかし、その表情はなおも笑顔で、なんだか苦笑してしまった。
視線が無くなり、焼き魚を一口食べると、とても美味しい味が口いっぱいに広まった。
思わず「美味しい……」と小さく声に出る。
この味、父上達にも食べさせてあげたいな……。

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