其の三



普段着ている着物と違って、白無垢は頭が重いし動きづらいし暑い。
今すぐにでも脱ぎたいが、母上の「綺麗ね」と泣きながら言う姿を見てしまっては……。
それに今から婚儀が始まる。
まだ夫になる人とは会っていないけれど。



「すず、まさかお前が結婚するとはな」
「一生独り身かと思うたのに」



私をからかう兄上方の言葉に、「フンッ」とそっぽを向く。
そんな私に兄上方はケラケラと笑う。
まるで酒を呑んで酔っているかのように気分が良い二人。
そんなに私の結婚が嬉しいのか……。



「すず、来たぞ」



夫になる人を出迎える為に席を外していた父上が戻ってきた。
その言葉に、私も兄上方も姿勢を正す。
父上以外の足音が聞こえ、慌てて手を添えて頭を下げる。
頭を下げながらも目を開けた状態で待っていると、隣に誰かが座った。



「面を上げよ」



父上の言葉に、私は顔を上げる。
隣に座ったのが私の夫になる人なのだろうが、此処からでは顔が確認出来ない。
ただ兄上方の「ほう」「良い男だな」という会話が聞こえ、顔は良いのだと分かる。



「盃を」



父上の言葉に従って、私も隣の男性も盃を持つ。
お里が空の盃にお酒を入れてくれ、隣の男性も酒を注いでもらったのを確認し、ゆっくりとお酒を呑む。
少し中身が残っている盃をお里を手渡すと、お里はそれを持って下がった。
これで一応晴れて夫婦となったわけだ。
兄上方のどんちゃん騒ぎが開始される中、私は隣の男性を横目で盗み見る。



「……、」



本当だ、顔が整ってる。
あ、頬に傷……、それに釣り目。
その時、あちらも私に視線を向けた為、バチッと視線が合ってしまった。
驚いていると、彼が私の方に少し体を向ける。



「舳丸と申します」
「え、あ……、すずです……」



夫になったのにどうして私に敬語なんだろう。
戸惑ってしまい、次の言葉が思いつかない。
何か話題、話題……、と頭の中で探していると、舳丸様は体を戻してしまった。
あっ……、とは思ったが、私も諦めて体を戻す。



「すず、舳丸、着替えてきて良いぞ。その格好では窮屈だろう?」



ほろ酔い状態で私達に言う父上。
舳丸様はその言葉に「はい」と言うと、頭を下げて部屋を出て行った。
不愛想というかなんというか……。
私ちゃんとやっていけるかな……、と不安になりながらも、私も立ち上がって部屋を出た。




 ***




「すず様、お疲れのようですね」
「いやー、もー、凄い不安」



お里にいつもの着物に着付けてもらいながら着替える。
歳は近そうで、顔も整っていた。
けれど、性格はどうも接しづらくて声をかけることができない。
こんなんで、ちゃんと夫婦になれるか分からない。



「このお里がお側におります、気を楽になされませ」
「んー、頼りにしてるよー」



気だるそうな表情でそう言うと、お里は笑みを浮かべながら「はい」と言ってくれた。

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