其の十八



「はあー……」



父上から届いた文を読み、私はそう溜め息をつく。
隣にいるお里が「どうされました?」と聞いてきた為、文を手渡す。
お里は文を受け取り、内容を読むと、「まあ……」と口元に手を当てて呟いた。
父上の文には、渡したいものがあるからすぐに来い、という内容。
それ以外には、兵庫水軍の皆さんと共に、と書いてあるがいくらなんでも急すぎる。



「ですが屋敷までは一日も掛かりませんし、何かあってもすぐに帰ってこれましょう」
「そうだけど……、仕事に支障出ないかな?」



私の言葉に、お里は「そうですねえ……」と眉を八の字にする。
「お頭様に聞いてみねば分かりませぬなあ」と言うお里の言葉を聞き、私は早速立ち上がる。
お里はそのことに首を傾げるが「聞いてこよう!」と言うと、ニッコリ笑って頷いた。
本当に急だから、無理だったらすぐ父上に文を出せばいいか。




 ***




結果、皆さんすんなり承諾してくれました。
仕事は大丈夫なのか、と聞いたが、お頭曰く「五日程はのんびり出来る」とのこと。
ちなみに義経は近所の猫好き一家に預けてきた。
私達が屋敷に着くと、愛すべき家臣達が「すず様!」「すず様じゃ!」と出迎えてくれた。
皆元気そうで何よりだ。



「おお、すず」
「兄上」



家臣の一人に父上の元に案内されている道中、一番上の兄上に出会った。
「久しぶりだな」とニカッと笑みを浮かべ、すぐに私の隣にいる旦那様に視線を向ける兄上。
そして、「舳丸!」と嬉しそうに旦那様の名前を呼んだ。
いきなり大声で名前を呼ばれた旦那様は、ビクッと驚きつつも「はい」と返事をする。



「いつ見ても良い男だ! すずにお前は勿体ないな!」
「あー、そういうとこ父上と似てる」



ケッ。
不貞腐れるが、兄上は私を無視して、私達の後ろに居る兵庫水軍の皆さんに視線を向けた。
「兵庫水軍は良い男揃いだな!」と言う兄上の言葉に、皆さんまんざらでもない様子。
案内役が「そろそろ殿がお待ちしておりますので……」と言うと、兄上は不満をあらわにする。



「もっと話したかったが、父上に呼ばれているのなら仕方ない。舳丸、後でな」



兄上め、実の妹より義理の弟を取るか。
兄上は、旦那様の「はい」と言う返事を聞くと、ニカッと笑って歩いて行ってしまった。
いや……、え、本当に私には何もないの……?
唖然としていると、案内役が「行きましょう」と言い歩き始めた為、私も遅れないように着いていく。
「鬱陶しい兄上だこと」と言うと、隣にいる旦那様が「優しいお方じゃないか」と言ってくれた。




 ***




「来たか」



父上の部屋に着くと、父上は誰かに文を書いていたようだった。
しかし、案内役の「殿」という呼びかけにより私達の存在に気付き、少し笑みを浮かべる。
案内役が下がり、父上に「座ってくれ」と言われた為、私達はそれぞれ正座で座る。
私達に体を向けて改めて座った父上は、「早速だが」と話題を切り出す。



「民からお前達への祝儀がたくさん送られてきてな、せっかくだから来てもらった」



民から祝儀?
そういえば、兄上の時もたくさん貰っていたっけ。
民とは交流しているものの、私は戦に関わっていないから貰えないと思っていた。
「お前の自室だった部屋に置いてある故、後で見ると良い」と言う父上に、「はい」と頷く。



「しかし、民から祝儀を貰えるとは初耳ですが……」
「民がいてこその領主だからな、我ら一家は民を重宝しているのだ」



故に感謝されているのだろう。
父上の言葉に、聞いた蜉蝣さんは「成程」と頷く。
民は宝、その言葉は家訓と言っても良い程、幼い頃から父上に言われてきた。
母上も父上の言葉に賛同し、猪突猛進な一番上の兄上にはしつこく言っている姿を何度も見てきた。
まあ、一人突っ走って犠牲を増やす兄上が悪いんだけど。



「父上、皆にお礼を言ってきても良いですか?」



私の問いに、父上は「無論だ」と言った。
では早速、と立ち上がると、お里はともかく旦那様も同じく立ち上がった。
どうやら一緒に行ってくれるらしく、父上に「失礼します」と言った旦那様は、部屋を出ようと歩き始めた。
私も父上に軽く頭を下げ、旦那様の後について行く。
さり気なく出来る優しさが、旦那様の魅力の一つだな。

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