其の九



嫁いで早数日。
あれから夜の営みは一切なく、旦那様との関係は悪くないが夫婦という感じが全く無い。
それが不満というか、寂しく思うことはあるものの、他に問題はなかった。
強面だが、兵庫水軍の皆さんは優しい方ばかりで私とお里にとても良くしてくれる。
今だって……、



「すず姉、鯖切れました」



仕事を終えてきたばかりだというのに、若い衆が御飯の手伝いをしてくれている。
今日の夕餉は鯖の味噌煮。
というわけで、東南風に鯖を人数分に切ってもらった。
それを受け取りながら「有り難う」とお礼を言うと、東南風は少し照れながら「いえ」とそっぽを向いた。
こういう照れ方ってちょっと旦那様と似てる気がする。



「あ、漬物って白菜で良いですか?」
「良いよー」
「あと間切が死んでいますが」
「それ先に言え」



東南風の言葉に慌てて間切に視線を向ける。
先程までピンピンしていた間切が、今では顔面蒼白になりながらも体育座りをしていた。
東南風ほんともっと早く言ってあげて。
間切に近寄って顔を覗き込みながら「大丈夫?」と声をかけるが、間切は小さく「大丈夫です……」と言う。
いや全然大丈夫じゃないじゃないか。



「そんなに心配しなくて大丈夫ですよ」



その時、網問の声が聞こえた。
網問を見ると、いつの間にか大きい風呂桶を手に持ってきていた。
何に使うんだろう、と見ていると、その風呂桶に水を入れ始める。
それを見て、間切が慌ててまだ水が入り切れていない風呂桶に勢いよく入った。



「これで放置です」
「えー……」



ピースサインを作って笑顔で言う網問。
それで良いのか、と間切を見ると、間切は水に浸かって回復したのか嬉しそうな表情をしていた。
……え、本当にそれで治るの……。
にわかに信じがたいことだが、これが海賊、ということなのだろうか。
まあ良いか、間切の体調も良くなったことだし、夕餉作り再開だ。




 ***




「すず、文が来てるぞ」



夕餉を食べ終わり、食器を洗い終わって居間に行くと、文を片手に持った疾風さんにそう言われた。
「有り難う御座います」とお礼を言って文を受け取る。
すずへ、と書かれた文の裏を見ると、母の名が書いてあった。



「誰からだ?」
「母です」



私の言葉に、疾風さんは「ほう、あの方の奥方様か」と呟く。
あの方、というのは私の父上のこと。
播磨を治めている大名に仕えているからか、父上の名は播磨では有名だ。
兵庫水軍の皆さんは、私が嫁いだ後に父のことを知ったようで、知ったその時は大層驚かれていた。
よいしょ、と文を開くと達筆な文字がつらつらと綴られている。



貴女が嫁いでから数日が経ちましたね。
お元気にしていますか。
貴女がいなくなった屋敷は少し広く、寂しく感じます。
そちらはそちらで仲良くやっていると思いますが、貴女の性格を考えると少々不安です。
どうか離縁だなんてことのないよう、上手くやっていくようにお願いします。
それから、殿が昇進なさいました。
だからといって、おごらないようにするのですよ。



母上からの文を読み終わり、「へえ……」と呟く。
私の呟きに、疾風さんが「どうした?」と聞いてきた。
父上が昇進したことを伝えれば、疾風さんは驚いた表情で「そいつはすげぇな!」と言ってくれる。



「お前、此処に来て幸せか?」



急に真剣な表情をしながら私にそう聞く疾風さん。
思わず「え?」と聞き返しながら、文から疾風さんへと視線を向ける。
しかし疾風さんは何を言うわけでもなく、じっと私を見た。
こんな真剣な表情の疾風さんには慣れていなくて、どうにか頭の中で言葉を探す。
……幸せ……、それについてはちょっと分からないが……。



「最初は不安でしたが……、旦那様の元に嫁いで、後悔したことはありません」



旦那様とは進展無しだが、少しずつ距離を縮められたらと思っている。
皆さんお優しいし、此処の生活はどれも新鮮で楽しい。
「それが何か?」と聞くと、疾風さんはニヤッと笑って「いや、何でもねえ」と言って私の頭をポンポンと軽く叩いた。
そして「これからも末永く宜しくな」と言うと、嬉しそうに外へ行ってしまった。
……な、なんだ……?

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