其の八



「お疲れ様でした」



漁に出ていた皆さんが帰ってきた。
濡れている旦那様と重に手拭いを渡しながら言うと、二人共お礼を言って受け取ってくれる。
顔を拭いている二人を見ていると、網問がニコニコしながら近寄ってきた。
網問に視線を向けると、手で生きたタコを掴んでいて、思わずぎょっとした。



「すず姉見てー、タコー。可愛いでしょー?」
「……可愛い、か……?」



ふわふわした可愛らしい笑顔を浮かべながら言う網問に、私は少し首を傾げる。
どう見ても可愛いという言葉は当てはまらない気が……。
眉間に皺を寄せてタコをまじまじと見る私を見て、網問が「顔険しい」と笑った。
網問め、失礼な……。



「持ってみます?」
「えっ、良いの!? 持つ!」



目を輝かせて言うと、網問は「そう言うと思ってましたっ」と言ってタコを差し出してくれた。
恐る恐るタコに触れれば、当然のようにぬめっとした。
その感触に「うわっ」と思わず手を引っ込めてしまう。



「駄目ですよ、ちゃんと触んなきゃ」



笑いながら言うと、網問は私の手を掴んで無理矢理タコに触れさせた。
タコの感触に手を離そうとするが、網問が私の手を掴んでいる為、離れることができない。
もどかしさから「ああぁあぁあ」と震える声で言うと、網問も見ていた重も「ぶふっ!」と吹いた。
ちょ、ちょ、誰か助けてっ……!



「網問、やめてやれ」
「えー、面白いのにー」



涙目の私を気遣い、旦那様がそう言ってくれた。
網問は口を尖らせながら言うけれど、すんなりと私を手放してくれる。
すかさずタコから手を離すと、手は見事に粘液まみれになってしまった。
う、うわ……。



「使え」
「え、ですが旦那様、まだ体が濡れて……」



ズイッ、と差し出された手拭い。
慌てて言うけれど、旦那様は私が言い終わる前に問答無用で私の手に濡れた手拭いを置いた。
そのことに重が「みよ兄かっくいーっ」と旦那様を肘でつつく。
旦那様は重の言葉に返事をせず、「風呂行くぞ」と重に言って背を向けて行こうとしてしまう。
慌てて旦那様の腕を掴んで引き留めるけど、自分の手がぬるぬるであることを思い出してハッとして手を離す。



「あっ、手、ごめんなさいっ」
「いや……」
「あの、手拭い有り難う御座います」



控えめに笑みを浮かべながらお礼を言う。
旦那様は私から視線を外し、「ちゃんと拭けよ」と言うと行ってしまった。
……まさか私、好かれてない……?
後ろ向きなことを思いつつ、ぬめっている手を手渡された手拭いで拭く。
濡れているおかげか、粘液は割とすぐに取れた。



「みよ兄、照れるな」
「ね、照れてる」



おかしそうに笑いながら言う重と網問。
えっ嘘、照れてるの?
歩いている旦那様の後ろ姿を見ていると、確かに耳が赤くなっていることに気付いた。
暑さのものかとも思ったけど、長年一緒にいる二人が言うのだからそうなのだろう。
……旦那様でも照れることがあるんだな。



「じゃあ俺、みよ兄と風呂行くんで。すず姉、夕餉楽しみにしてますねっ!」



元気いっぱいな笑顔を浮かべ、旦那様を走って追いかける重。
その姿はまるで人懐っこい犬のようで可愛らしい。
残された私達は「もう仕事ないなら夕餉作るの手伝って」「えー」と会話をしながら食堂へと向かった。

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