「だっんっなっさっまーっ!」
海の中から陸に上がる旦那様に、満面の笑みで駆け寄る。
旦那様と、同じく陸に上がる重は、舞い上がっている私を見てぎょっとしている様子。
珍しく舞い上がっている私に関してもあるが、私が腕に抱いている子猫にも驚いているのだろう。
「お疲れ様です。癒しを届けに参りました」
子猫の顎を人差し指で撫でながら、「ねー」と子猫に話しかける。
子猫は撫でられているのが気持ち良いようで、ゴロゴロと鳴き始めた。
重は子猫の可愛さにやられたのか、デレデレした表情で「俺も俺も!」と両手を差し伸べてきた。
そんな重に「はいはい」と言いつつも、子猫を重に手渡す。
「はあああ、可愛いいいい」
「この猫どうしたんだ?」
「足に怪我をしておりましたので、手当てをしたのです」
旦那様は私の返事を聞くと、「そうか」と言って子猫に視線を向けた。
私も重と子猫に視線を向けると、重の頬づりが鬱陶しくなった子猫が重に猫パンチを食らわしていた。
もろ見てしまった私は「ぶふっ!」と思わず吹いてしまう。
慌てて口に手を当てて笑いを堪えると、重が「すず姉酷い!」と涙目で言った。
いや、だって調度見ちゃったから。
「旦那様も撫でられてはいかがですか?」
旦那様に視線を向け、「可愛いですよ」と言いながら子猫の頭を撫でる。
旦那様はしばらく私をジッと見ると、「そうだな」と言って手を伸ばす。
――しかし、その伸びた手の先は私の頭だった。
いきなり男性特有の大きくゴツゴツした手で撫でられて非常に戸惑う。
「……あ、あの、私が言ったのは猫の方で……」
控えめに言うと、旦那様はハッとして「あ、ああ、そうだな」と言って私の頭から手を離した。
そして、照れくさそうに重から子猫を抱き上げる旦那様。
旦那様が私に触れたのは今が最初で、まだ頭に残る感触に心臓がうるさく感じる。
その時、重が私を見ながらニヤニヤしていることに気付いた。
な、なんだよ、と重を睨むけれど、私の睨みは効かないようでニヤニヤをやめない。
「ちょっとは進展しましたね」
私の耳元で小声で言う重。
重に視線を向けると、彼は先程とは違いなんだか嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
……進展、したのか……。
嬉しさから笑みを我慢出来ずにいると、お里に「すず様ーっ」と呼ばれた。
大方、今から洗濯をする為に呼んだのだろう。
「少々家事をしてきますので、その子のこと宜しくお願いします」
そう言いながら軽く頭を下げ、小走りでお里の元に行く。
お里にまで辿りつくと、「何か嬉しいことでもあったのですか?」と聞かれたが、内緒にしておいた。
あまり舞い上がっていると、過度に期待をしてしまいそうだ。
***
「すず姉、凄く嬉しそうでしたね」
すずの背中を見届けた重が、俺に向かってそう言う。
思わず「何のことだ」と言ってしまったが、いくらなんでも嘘だとバレてしまう。
その証拠に、重は「またまた照れちゃって」と笑っている。
腕に抱いている子猫に視線を落とすと、子猫は俺を見上げて「ニャア」と小さく鳴いた。
その姿が、何故かすずと重なった。
「アイツは、俺には余所余所しいな」
子猫を撫でながら、ポツリと零す。
俺の言葉を聞いた重は、「みよ兄に好かれたいんですよ」と言った。
好かれたい……?
その言葉の意味が分からず、重に視線を向けると「気付いてないんですか?」と言われてしまった。
そこまで言われたら、俺だって何のことかすぐに気付く。
いや、だが、俺みたいな男、すずと釣り合うはずが……。
「みよ兄、素直になってみたらどうです?」
「……、」
「すず姉は、ずっとみよ兄に歩み寄ってますよ」
重はそう言うと、俺から子猫を取り上げて「皆見て見てー! 子猫ー!」と大声を出しながら間切や網問達の元へ走って行ってしまった。
「うわ可愛いー!」と叫ぶ網問の声を聞きながら、俺は先程言っていた重の言葉を思い出す。
素直に……。すずはずっと俺に歩み寄っていた……。
それは夫婦となったからなのか、すずが本当に俺を好いているのか。
ただ俺は、すずが俺に歩み寄っていると聞いて、なんだか無償に嬉しくなった。