▼17

あーあ、やりすぎちゃった……。

口から微量の血を出しながら意識を失っている客に、内心そう思った。
感情が高ぶって、一発だけ思いっきり腹を殴ったら、このありさま。
客の内の何人かは、怒った俺にビビったのか、青ざめた顔で逃げて行ってしまった。
心を乱すなんて、忍失格だな、俺。



「大変失礼いたしました。本日は只今を持って店を終了とさせていただきます。御了承ください」



そう言い、いまだ残っているお客様方に向かって頭を下げる。
最初こそは戸惑っていたが、お客様は全員、散り散りになって帰り始めた。
顔を上げて、若松さんに視線を向ける。
俺と目が合った若松さんは、「まったくお前は」と言わんばかりに苦笑した。



「若松さん、医者に診てもらいましょう」
「なんや、お薬売ってるモンがお医者はんに診てもらうって、けったいな話やなあ」



若松さんの言葉に、「確かに」と笑う。
いまだ自力で起きれないほど体を痛めているようだが、話せるくらいの元気はあるらしい。
若松さんを背中におぶってから、壊れている店の障子に視線がいく。
あー、そうだ、これ直さなきゃいけないんだ。
倒れている客は……、まあ当分起きないだろうから放置で良いか。
まずは若松さんを医者に連れて行って、すぐに店に戻ってから直そう。




 ***




若松さんの容態は、腰の痛みが主だった。
ご老体で骨が細くなっており、今回腰を痛めたせいで、歩くことに少し支障が出てしまうそうだ。
とりあえず今日は、大事を取って、若松さんは医者の家に泊まることになった。
……俺がいながら、こんな事態になってしまうなんて。

医者に若松さんを任せ、早歩きで店へと戻ると、誰かがいるのが見えた。
壊れた障子を両手で持ち「あーあ」と言っている永倉さん。
それに、いまだ気を失って倒れている客に「おーい、大丈夫かー?」と呼びかける藤堂さん。
浅葱色の羽織を着ていないから、プライベートだろうか。



「永倉さん、藤堂さん」



声をかけると、永倉さんも藤堂さんも、俺の顔を見て「勘介!」と言う。



「近くに用があったから寄ってみたんだけど、何これ? どうかしたのか?」



そう言う藤堂さんは、つんつん、と人差し指で客をつついている。
その姿に苦笑を零しながらも、「実は……」と事情を話すと、話すにつれて二人の表情は驚きの表情に変わっていった。



「じゃあこいつ、勘介がやったのか!?」
「怪我ないか!?」



俺に詰め寄る永倉さんと藤堂さん。
苦笑しながら「俺は大丈夫です」と言えば、二人共「そっか」と身を引く。
永倉さんが持っている壊れた障子を持とうと、永倉さんに声をかけようとするが、先に藤堂さんが口を開いた。
慌てて、開きかけた口を閉じる。



「店の主人がいないってなると、勘介が全部やることになるのか?」
「いえ、俺は見習いですから、店はしばらく休むことになりました」



藤堂さんの言葉に返事をすると、彼は「そうなのか……」と呟くように言った。

改めて、永倉さんが手にしている壊れた障子を持つ。
壊れた障子は、紙の部分はたくさん破れ、木の部分も折れてしまっている。
これでは直すことが出来ない。
新しい障子を買うしかないようだ。



「勘介、こいつ俺達が連れてくわ」
「え? いいですよ、俺がやったんだから俺が――」
「――いいから! お前はそれやんなきゃだろ?」



永倉さんの申し出を断るが、言葉を遮られてそう言われてしまった。
彼の指す”それ”とは、この障子のことだろう。
確かに、そうだけど……。



「俺達新選組だしな、これくらいはやらねえと」



続いて、藤堂さんが笑みを浮かべながら言う。
永倉さんを見ると、彼も「だな!」と言いながら笑みを浮かべていた。
二人の笑顔を見ると、上辺ではなく、本心で言ってくれているのだとよく分かる。
何故だろうか、二人の笑顔を見るととても安心できるのは。



「じゃあ、お願いします」



俺も笑顔で言う。
二人は嬉しそうに笑みを浮かべながら「おう!」と言ってくれた。

それから、三人で少しだけ話をして、永倉さんと藤堂さんは気を失った客を連れて帰って行った。


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