▼16

沖田さんに会ってから数日が経った。
相変わらず若松さんの薬屋で働く俺は、忙しくて滅多に外に出ることはなかった。
空や外の風景を見る時は、決まって窓越し。
少しだけ外の空気をちゃんと吸いたいな、と思ったが、それは若松さんも同じ。
現在も我慢して働いている。
……だが。



「順番くらい守れッ!」
「ああ? こちとら大病の母親がおるんやぞッ!」



どうやらお客様同士でトラブルが発生してしまったらしい。
それというのも、一人のお客様が列を無視して俺の元へ来てしまったことが原因だ。
当然、並んでいた人が怒り、言い争いが始まってしまった。
おいおい勘弁してくれよ……。



「申し訳ございませんが、皆様このように並んで待っていただいておりますので、お客様だけを贔屓するわけには――」
「ええからあんたは早うお薬をこしらえろ!」



おっと、話を聞いてくれないお客様だ。
「しかし、」と再び話しかけようとするが、「お客はんッ!」と言う怒声が聞こえて、口を閉じた。
怒声の聞こえたほうを見れば、珍しく目くじらを立てる若松さんの姿があった。
そのことに驚いていると、若松さんはスタスタと、割り込んできたお客様の前へと行く。
お客様は若松さんの顔に怯みを見せるものの、すぐに「なんや」と若松さんを睨みつける。



「最近、お薬を買い、通常より高値で売りつける人がおるみたいおす。あんさんはそん人にそっくりや」



若松さんの言葉に、僅かにお客様の眉毛と目が動いた。



「おいおい、客を悪人扱いしはるんかあ?」
「幕府ん役人ん方に、そん人ん似顔絵を見してもらはった。あんさんは、頭からつま先まで、そん絵そのものどす」



真っ直ぐな目でお客様の目を見て、凛とした姿でハッキリと言う若松さん。
彼の言葉に、周りに居るお客様がざわついた。
「え? あん人が?」「わしも見たけど、確かに似てはる」と、ひそひそと話す声が聞こえてくる。
明らかに空気が変わり、お客様の動揺が表だって見えるようになった。
そして、自分が明らかに悪者にされたことが癇に障ったのか、



「うっさいわッ!」
――ドッ!」
「っああ……!」



あろうことか、若松さんの腹部に蹴りを入れた。
余程強かったのか、若松さんの体が後方に飛び、中と外とを仕切る障子に突っ込んだ。
障子もろとも地面に倒れた若松さんは、「うう……」と呻き声を上げる。



「若松さん!」



駆け寄って、上半身を起こす若松さんの体を支える。
どこからも血が流れていなかったが、彼は痛みで顔を歪めている。
腰を痛めたのか、「腰が……」と呟く若松さん。
ただでさえご老体に鞭打って働いていたのに、体を強打することになるなんて。
お客様、いや、客を見ると、ニヤニヤと笑みを浮かべながら俺達を見下ろしていた。



「じじい、大丈夫かあ?」



ヘラヘラ笑って挑発する客の態度は、俺の神経を逆撫でするには充分だった。
普段の俺なら、呆れたり面倒だと思ったとしても、こんなことで怒ったりはしないのに。
だが、やられた人が若松さんだ。
俺の命を助け、面倒を見てくれている、若松さんだ。



「……す」



俯きながら言う。
しかし、全ての言葉を聞き取れなかったのか、客は「なんやって?」と聞いてきた。
そのことにも怒りが湧き、顔を上げて客を睨みつける。
そして、思いっきり殺気を出しながら、ドスの効いた低い声で言ってやった。



「――殺すって言ってんだよ、クソ野郎」


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