明日ありと思う心の仇桜


大川さんが学園長を務める忍術学園は、忍者を育成しているとは思えない程平和だ。
縁側に座って空を見上げると、ちょうど雀らしき鳥が空を飛んでいた。可愛らしいなあ、と飛んでいく雀を眺めていると、庭の方から何人かの声が聞こえた。騒がしい声がする方へ顔を向けると、七松君と、深緑色の忍装束を着た5人の男達がバレーをやっていた。



「……この前七松君が話してたのは、あれの事か」



「皆とバレーをしている時、誰にも邪魔されたくない」と、そう言っていた。確かに、今の七松君の表情は満面の笑みで、心の底から楽しそうだ。
良いなあ、友達。
妖が見え始めるようになった頃は、周りに引かれて友達などいなかった。でも今は、妖のことを隠す事によって友達が出来た。友達が出来たことは嬉しいけれど、妖のことを話せる友達がいないことは、少しだけ悲しかったり寂しかったりもする。でも、それは仕方ないことなのかな。



「――鈴奈、」



何をするわけでもなく、楽しそうにバレーをやっている七松君達を見ていると、声をかけられた。今までボーッとしていた為、すぐには反応出来なかったが、声のした方へと顔を向ける。



「あ、大川さん……」



初めて会って以来、見かけることはあっても、きちんと会うことは無かった。あまり親しくないせいか、なんだか大川さんと面と向かって話すのは気まずい。「隣、良いかの?」と言う大川さんに、私は「は、はい、どうぞ」と言う。私の返事に、大川さんににこやかに笑みを浮かべて、私の隣に座った。今は、以前大川さんと一緒にいた二本足で歩く犬が居ない。もしかして、大事な話だろうか……。



「此処での生活はどうじゃ?」
「……七松君は、とても優しくしてくれます。他の人は、関わることがないので分かりませんが……」



私がそう言うと、大川さんは微笑んだ。自慢の生徒だから、他人に褒められたことが嬉しいのだろう。空を見ると、太陽の光が眩しかった。思わず目を細める。先程よりも日差しが強くなっているようだ。太陽の光と暑さが、夏なのだということを改めて実感させる。



「……祖母とレイコさんは、どうやって帰ったんですか?」



空から大川さんへと顔を向ける。私の言葉に、大川さんは顎に手をあてて「そうじゃのう……」と当時のことを思い出す素振りを見せた。大川さんにとって相当昔のことだろうから、もしかしたら覚えていないかもしれない。



「たしか……、妖に襲われたんじゃ」
「妖に?」
「急な出来事での。わしは見えんかったが、レイコと小梅が守ってくれたんじゃ。”自分達が引きつけるから逃げろ”と言われ、わしは二人に言われた通り、無我夢中で逃げた」



その後、お祖母ちゃんとレイコさんはどうなったのだろう……。



「二人は、そのまま帰ってこなかった。無事かどうかも分からずに、わしは今まで生きてきた」



そう言うと、大川さんは私に顔を向けた。そして、懐かしむように私の頭を優しく撫でる。二人が生きているか死んでいるかも分からずに、私に出会うまで、大川さんはどんな思いをしていたのだろう。



「だが、小梅の孫である鈴奈が来て、小梅が生きていることを知った。レイコの事も、知ることが出来た」



もし自分が大川さんと同じ立場だったら、と思うと、気が気ではない。大事な友人達を残し、一人で逃げて、それ以来会えないだなんて。大川さんは大川さんで、ずっと辛かったはずだ。



「あの、私、ずっと帰りたいだなんて自分のことばかりで、その……」



大川さんの気持ちも知らずに、ずっとずっと、気を遣わせていた。親切で私を助けてくれたのに、私はそれを蔑ろにした。……私、最低。泣きそうになるのを堪えようと、両手で拳をぎゅっと作る。掌に爪が喰い込んで痛いけれど、大川さんはもっと辛かったはず。ふと、拳を作る私の手の上に、大川さんの手が乗った。大川さんは私の手に触れると、優しく私の拳を解く。



「自分を傷つけるもんじゃない」



優しく言い、反対の拳も解かれる。両手を見ると、血は出ていないものの赤くなった爪の跡がいくつもあった。涙目でありながらも大川さんを見ると、大川さんは再び私の頭を撫でた。お祖母ちゃんに撫でられているかのような温かい手に、私は懐かしい気分になる。



「……大川さん、私、変な夢を見たんです」



何故か話さなければいけないと思った。私が見た夢に出てきた七松君達は大川さんの生徒だし、きっとこの後のことに関係してくるかもしれないと思ったからだ。大川さんは私の言葉を聞き、「やはりか……」と頷いた。そのことに、私は「え?」と聞き返してしまう。



「小梅とレイコも、妖が出る前にそのようなことを言っておった。それは、いずれ正夢になるやもしれん」



正夢……。ってことは、七松君や他の生徒達が死ぬってこと……。



「そんな……」



そんなこと、絶対嫌だ。七松君が死ぬだなんて、絶対に認めることは出来ない。でも、どうしたら良いの……。私は妖と戦う術なんて知らないし、教わったこともない。お祖母ちゃんに妖術を見せてもらったことはあったけれど、どんな風にやっていたか思い出せない。助けて、お祖母ちゃん……。


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