握れば拳開けば掌


大川さんに夢の話を話してから数日後。
七松君や大川さん、ヘムヘムと仲良くしてもらいながら、上手くやって来れた。私を警戒する人達は私を避けるけれど、それ以外は何もしてこないし不自由もない。これもこの学校の学園長を務めている大川さんのおかげだろう。本当に有り難いことだ。
しかし、問題や事件とは本当に突然やってくる。平穏な日々も、一瞬で崩れ去ってしまうのだ。



「あ、大川さ、っ!」



食堂のおばちゃんが「毎日警戒されてストレス溜まっちゃうわよね。これあげるわ」と言ってくれた三色団子。大川さんやヘムヘムと一緒に食べようと思い、外に出たとき調度大川さんがいたので声をかけようとした。しかし、突然足場が崩れた。いきなりのことに対応出来ず、落とし穴と思われるそれに落ちてしまう。



「った……」



ドスンッとお尻から落ちてしまい、痛むお尻を擦る。はっとして手に持っていたはずの三色団子を探せば、その三色団子は私の横で泥まみれになってと落ちていた。これでは食べることが出来ない。せっかく食堂のおばちゃんが私の為にとくれて、せっかく大川さんやヘムヘムと一緒に食べようと思っていたのに。



「おやまあ、大丈夫ですかー?」



のんびりと気の抜けた声が頭上から聞こえ、上を見上げる。ひょこっと顔を出した男の子は、私の顔を見ると再び「おやまあ」と言う。そして、私をジッと見ると、私に手を差し伸べてくれた。その手を掴もうかどうか迷ったけれど、此処でじっとしているわけにもいかない為、差し出された手を掴む。



「よいしょーっと」



陽気な声とは裏腹に、強い力で体を引っ張られる。もう片方の手を差し出され、私も恐る恐る片手を差し出す。手を強引に掴まれ、先程よりもぐいっと力強く体を上げられる。引っ張られるだけでは申し訳なく思い、自分自身で足も使う。



「っ……!」



体が全部落とし穴から出たのだが、バランスを崩して男の子の方に体が倒れてしまう。男の子は「おっと」と言いつつ、私の背中に腕をまわして支えてくれる。男の子とは同じくらいの身長で年下だと思うのに、近い距離から恥ずかしくて心臓がうるさく感じる。



「あの、ありがとう」



お礼を言って、自ら離れる。男の子は「いえ」と言うと、穴の中を覗いた。体についてしまった土や泥を手で払いつつ、私も男の子のように穴の中を覗く。そこには原形をあまり留めていない泥だらけのお団子があり、目を細める。……お団子、あんなんじゃ食べれない……。



「お団子、食べれませんね」
「……そうだね」



分かってるよ、そんなこと。
怒ってるわけじゃない、イライラしてるわけじゃない。でも眉間に皺が寄る。違う、八つ当たりしたいんじゃない、悲しいだけ。優しい大川さんと食べれなかったから、癒しが消えたから、戸惑ってるだけ。ああ、でも、でも……、



「っ……」



目から涙が溢れ出る。
俯いて両手を顔に当てる。止まってほしい、だなんて思っても止まってはくれない。どうして出てくるんだろう。悲しくても、ただお団子が食べれなくなっただけ。それだけなのに。 さっき私を助けてくれた男の子は、泣いている私は見て、その場に座った。無言で立っている私を見上げ、それは慰めているのか、泣いている私を見たいのか、よく分からない。恥ずかしいからいっそのことどこかに行ってくれれば良いのに。行ってくれないなら、私がどこかに行こうか。



「――…一人はつらいですか」



男の子の言葉に、私は涙を拭いて男の子を見下ろす。つらいよ、つらいに決まってる。どうして、そんな分かりきったことを聞くの。男の子と同じようにその場に座り、「うん」と頷く私。男の子は「そうですか」と言うと、空を見上げた。



「最近、七松小平太先輩がいつも上の空だと、同室の滝夜叉丸が言っていました。きっと貴女のことを心配しているんでしょう。それなのに貴女は、いつも部屋の中にいて寂しそうな悲しそうな表情をしています。……心配してほしいんですか? 構ってほしいんですか? 僕はどうも貴女を好きにはなれません」



素直な男の子の言葉に、胸がズキズキと痛む。警戒されているとは思っていたけれど、嫌われているとは思わなかった。胸元の服をぎゅっと掴み、視線を落とす。……なんなの……、分かったように話して、私のこと知らないくせに。私だって、私だってなんとかしたいよ。でも、出来ない……。下手な行動したら私殺されるんでしょ? 皆私のこと警戒の目で見てる、そんなことくらい私にだって分かる。



「貴女にとって、七松先輩は光なんでしょう? その光を貴女が曇らせてどうするんですか」



……じゃあ、教えてよ……。



「私、どうすれば良いの……?」



弱々しく言う私に、男の子は見上げていた空から私に視線を向ける。こんなことを年下に聞いて、自分でも情けなく思う。「自分で考えろ」とでも言われるだろうか。それとも「頼るな」と言われるだろうか。今更ながら、聞いてしまって後悔してしまう。



「僕は、貴女がどうしたいのか分かりません。だから、どうすれば良いかなんて分かりません。……ただ、貴女がやりたいことをやれば良いと思っています」



やりたい、こと……。
私のやりたいことは、お祖母ちゃんの元に帰ること。でもその前に、夢で見た妖怪をどうにかしなければいけない気がする。アイツが居ると、七松君が、関係のない人達が殺されてしまうかもしれない。じゃあ、どうすれば守れる? 考えて、考えて……。今更体を鍛えたところで間に合わない。……そうだ……、



「本当のこと、七松君に全部話す」


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