お茶を濁す


「お別れね。……そんな顔しないで、私も泣きたくなっちゃう。いつか、また会えるわ。貴女が独りの時、私はそばに居ることは出来ないけれど、私は貴女が好きよ。だから、負けちゃ駄目。死ぬなんてこと考えず、生き続けて。きっと、きっとよ……」



そう言って、あの女性は消えた。粒子となって、消えていった。妖だったあの女性は、私に優しくしてくれた。毎日会って、一緒に笑って、一緒に遊んで。思えば、あの頃の私は楽しい思い出しかない。……それでも、妖にも寿命があるようで。とある御地蔵様の宿り主だった女性は、御地蔵様がボロくなるにつれ、小さくなっていった。木で作られた御地蔵様は、ボロくなって崩れるのに時間は掛からなかった。私にはどうする事も出来なくて、あの女性が消えていくのを、ただ泣いて見ている事しか出来なかった。



「……雪影」



貴女は、私の光だったよ。大切な、友人だったよ。雪影に会って、後悔などしたことはなかったよ。……今度は、いつ会えるかなあ……。会って、教えて。どうやったら、七松君達を護れるの? 私は、何をすれば良いの? 呼びかけたって、居ないのに。もう、あの姿を見ることは出来ないのに。私は、何を期待しているんだか…――。



「いけいけどんどーん!」



外から七松君の声が聞こえる。「いけいけどんどん」って、どんだけ張り切ってるの。元気なのは良い事だけれど、元気すぎても疲れちゃうよ。



――スパァァンッ!
「鈴奈、2人でバレーしよう!」



いきなり、障子が勢いよく開いた。驚いて障子へと顔を向けると、七松君がバレーボールを持って立っていた。……いやいやいや、どこからツッコんで良いの? 一応「バレーって、2人だけで?」と聞くと、「うん!」と元気良く頷かれた。
ふ、2人だけは無理なんじゃないかな。……あ、いや、キャッチボール的な感じでやればイケるか。でも、私はそんなに運動神経良いほうではないし、今は運動する気にはなれない。七松君には悪いけれど、断ろう。



「七松君、ごめん。今、そういう気分じゃなくて……」
「そうか……」



うわ、シュンとしちゃったよ。どうしよ、やっぱりバレーやったほうが良いのかな。でも、運動はしたくないし。あああああ、どうすれば……。



「あ、あのね、七松君、私、本を読みたいなあって」
「本?」
「ほら、帰る方法とか分かるかもしれないでしょ?」
「ああ、なるほど」



どうやら納得してくれたようだ。良かった、無駄に体力使わずに済んだ。ふと、七松君が私に近寄ってくるのが分かった。かと思ったら、私の腕を掴み、グイッ、と立たせた。



「いけいけどんどーん!」
「っうあああ!?」




 ***




七松君に引っ張られ、「図書室」と書かれた板が掛けてある部屋の前に来た。連れてきてくれたのはありがたいけれど、もう少し優しくしてほしかったな。掴まれた手首は痛いし、なんだか疲れたし。道中、図書室では喋ったり騒いだりしちゃ駄目だと言われた。どうやら殺されかねないらしい。……大丈夫かな……。



「借りたい本があれば私に言ってくれ。本当は貸出カードが無いと借りれないんだけど、鈴奈は別だ!」



そう言い、ニカッ、と眩しい程満面の笑みを浮かべる七松君。本当に眩しい。ちょっと控えてほしいくらいだ。七松君が太陽のように見える。私の目の錯覚、酷すぎ。目を細める私に疑問を持ったのか、首を傾げる七松君。「なんでもないよ」と返せば、七松君は「えー?」と不満の声をあげたが、すぐに「ま、いっか」と呑気に言った。どっちなの。



「じゃ、入るぞ」
「うん」



私の頷きを見て、七松君が、ガラァ、と図書室の引き戸を開けた。七松君越しに図書室の中を見ると、人は少なかった。良かった、少なくて。多かったら食堂に行った時みたいに警戒されるから居たたまれないんだよね。「鈴奈、読みたい本探してこい」と、ボソッ、と小声でそう言ってくれた七松君。私は七松君の言葉に頷き、お言葉に甘えて本を探し出した。



「…………」



とりあえず、近くの本棚に入っている本を手に取って見てみる。……が、そこで問題が起きた。私は、この時代の文字が読めないし書くことも出来ない。これでは何の情報も手に入らない。流石に時代の流れには逆らえないよね……。



「……七松君、」
「ん? 見つかったか?」
「ううん。ごめん、本はいいや」



ヘラッ、と笑みを浮かべる。私の表情を見た瞬間、七松君の眉間に皺が寄った。でも、それはほんの一瞬で、すぐに「そうか!」といつものように笑みを浮かべた。……見透かされているのだろうか。そうだ、彼は忍者の卵。素人の嘘なんて、簡単に見破られる。でも、泣き顔は見られたくないんだ。


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