轍鮒の急
「七松君! 食満君!」
見えてきた二人の姿に、走りながら名前を呼ぶ。私に気づいた二人は、隈の人と喧嘩をするのをやめて「来たか!」と言いながらクナイを手にした。走って、走って、ついに私の足が妖の姿を見せることが出来る陣へと入った。二歩、三歩、四歩、体が完全に入って、そして……、妖の体も陣の中に入る。 しかし、
「っわあ!」
後ろに居る妖を確認しようとした時、足がもつれて転んでしまった。ドサッ!、と音を立てて体が地面に倒れる。しまった……! 慌てて妖を見ると、妖は手に持っている鎌を振り上げていた。距離が近い今、その鎌を振り下げられれば私は確実に死ぬ。思わず目をぎゅっと瞑ると、 ――キィン! 金属音が近くで聞こえた。驚いて目を開けると、目の前には頼もしい七松君の背中。どうやら妖の攻撃から私を守ってくれたらしい。
「よくやった、鈴奈! 下がれ!」
七松君の言葉に「う、うん!」と返事をし、安全であろう食満君の元に行く。改めて妖を見る。七松君が相対しているということは、あの陣は成功したということだ。チラッと隈の人を見ると、妖を見て驚きの表情を見せている。彼にもちゃんと見えているらしい。
「留三郎! 周りの避難を頼む!」 「俺も戦いたかったが、仕方ないな。分かった」
騒ぎを聞きつけて、何事かと集まってくる生徒達。危険にさらさないように食満君が「危ないから離れろ!」と声をかけるが、中々減らない。こんなに生徒達が多くては、誰かが犠牲になってもおかしくはないだろう。私も声をかけようとしたその時、私よりも早く彼等に近寄る人物が居た。
「バカタレィッ! 離れるか隠れるかしろッ! 死にたいのかッ!」
隈の人だ。 意外な人物に、私も食満君も驚く。食満君が思わず「文次郎、お前……」と声をかけると、隈の人は「あんなの見せられたら信じるしかないだろ」と半ば投げやりに言った。信じてくれた、の……? 「あ、ありがとう!」とお礼を言うと、チラッと見られただけで終わった。それでも、嬉しいのは変わらない。隈の人が再び生徒達に怒鳴り始め、生徒達は彼が怖かったのか次々と散らばって行った。
「わっはっはっ! 流石文次郎!」
七松君が、妖と戦いながらも隈の人を褒める。妖相手に余裕があるなんて、七松君凄い。 拍手を送りたいのを我慢し、私にも何か出来ることはないか、と大川さんから預かった本をペラペラめくる。初心者にもできるような術……、……駄目だ、どれも難しそうな術ばかり。力が無いと出来そうにも無い。
「っ、流石に動きが速いな……!」
七松君の苦しそうな声が聞こえ、本から七松君に視線を向ける。先程の余裕そうな七松君はどこへやら、陣の中という決められた狭い範囲での戦いは、思いのほか体力の消耗が激しいらしく七松君が妖に押されてきている。 そして遂に、「のわっ!」と声を上げながら、七松君の体が陣の外へと出てしまった。それにより、七松君を追いかけるように攻撃していた妖も陣の外へ出てしまう。
「っしまった! 見えない!」 「馬鹿小平太! 二の陣に誘え!」
焦る七松君に、食満君が冷静に指示を出す。その言葉を聞き、瞬時に次の陣、妖の動きを封じる陣に向かって走り出した。妖が七松君の後を追う。 バチバチバチッ! 妖が陣の中に入ると、凄まじい音が響いた。思わず耳を塞ぎ、陣の中に居る妖を凝視する。妖は「ウ、ア……」と地を這うような低い声を出しながら、地に縫い付けられたように固まっている。ということは……、
「成功した……! 態勢を整えて!」 「おう!」
私の言葉に、七松君は乱れた息を整える。 本に書かれていた情報によると、妖が動けなくなるのは時間制限がある。その時間、10秒。本当に僅かな時間で体勢を整えなければいけないのは、七松君に申し訳ないが、賭けるしかない。幸い、妖を見ることが出来る陣に時間制限は無いから、陣が残ってさえすれば、持久戦だろうと勝てるはず。
「――…8、9、10! お願い!」 「っしゃあ! 次は俺が行くぜ!」 「横取りか!?」
時間制限が来て、妖の身動きが取れるようになった。戦うことに名乗り出たのは食満君。てっきり七松君がまた戦うと思っていた為驚いたが、妖を倒せるなら誰だって良い。ただ七松君が不満そうに口を尖らせているけど。 食満君が得意の鉄双節棍を構え、妖に近寄ろうとする。しかし、妖の方が行動が早かったらしく……。
持っている鎌で陣が描かれている板を壊し始めてしまった。
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