風前の灯火


「ウオオオオオ!」



獣のような雄叫びを上げる妖。
ピリピリ、と妖の殺気のようなものを肌に感じ、自分の腕を擦る。怒りを爆発させ、おぼつかない足取りで食満君へと歩き出す妖。しかし、陣が壊れたことで妖が見えなくなってしまった食満君は「どこに行った!?」と妖に気づいていない。現状で、妖が見えるのは私ただ一人。

――急な出来事での。わしは見えんかったが、レイコと小梅が守ってくれたんじゃ。”自分達が引きつけるから逃げろ”と言われ、わしは二人に言われた通り、無我夢中で逃げた。

ふと、大川さんの言葉を思い出した。お祖母ちゃんとレイコさんが居なくなってしまった時の話。……ああ、そうか、そうなんだ。シェイクスピアの言葉にあった、「運命とは、最もふさわしい場所へと、貴方の魂を運ぶのだ。」と同じだ。――私は、この為に、ここに居る。



「――おーにさんこっちら! 手ーの鳴ーるほうへ!」



手を叩いて、大声で言う。瞬間、ぐるんっ!、と妖が勢い良く私に顔を向けた。それに怖気づくも、視線を逸らさないように妖を見据える。七松君の「鈴奈!?」と言う声が聞こえたけれど、今は七松君に視線を向けることが出来ないのが申し訳ない。でも、感謝の気持ちは伝えたい。



「七松君、」
「……鈴奈……?」
「七松君が居たから、私今頑張れる。今まで、本当にありがとう」



雪影、今なら貴女の気持ちがよく分かる。守りたい人が居る、死んでほしくない人が居る。死にたくない、生きたい。その思いが、私の体を動かしてくれる。



「な、何を言っているんだ、鈴奈!」
「そろそろ帰らなきゃ。申し訳ないけど、大川さんに”お世話になりました”って伝えておいて」



バイバイ。
迫り来る妖に背を向け、足に力を入れて走り出す。後ろから私の名を呼ぶ七松君の声が聞こえたけど、ここでお別れだから、振り向くことをしなかった。
ああ、そうだ、食満君にもお礼を言っておけば良かった。すぐに信じてくれて、協力してくれたのに。それから、あの隈の人にも。最終的にはちゃんと、協力してくれたし。……話せば、分かる人達だったんだなあ。今更それが分かったって遅いけど。……、いや、分かっただけでも良いか。



「ウオオオ!」



後ろから、絶えず妖の叫び声が聞こえる。どうやら上手く引きつけることが出来ているらしい。向かう先は、私が初めてここに来た時、迷いこんだ場所で良いだろう。私の推測が正しければ、あそこが帰り道に繋がる場所のはず。
忍術学園の門が見えてきた。七松君曰く「外出時と帰宅時は名前を書かないと小松田さんって人がせがみに来るぞ」らしいから、名前の書いた紙を置いておかないと。



「紙、紙は……」



手に持っているレイコさんの本を見る。人の物だから申し訳ないけど、紙はこれしか持っていない。ページの隅に、ここに来る前から持っていたシャープペンで自分の名前を小さく書く。その部分を破り取り、門の木と木の隙間に無理矢理入れる。これで大丈夫なはず。
後は、あの場所に向かって走るだけ。




 ***




「ッ鈴奈!」
「――追うんじゃない」
「っ、学園長先生……!?」



妖を引きつける為に走り去って行く鈴奈の後を追いかけようとした時、学園長先生に引き留められた。騒ぎを聞きつけて来たであろう学園長先生の隣には、いつもいるはずのヘムヘムが居ない。
”追うな”だって? あんなの相手に、鈴奈がどうにか出来るはずが無い。だから鈴奈は、私達に協力を求めたのに。



「あやつは帰るんじゃ、小平太。お前が止めてはならん」
「何をおっしゃってるんですか! 早く行かないと、鈴奈が!」



殺されてしまう。
私の言いたいことが分かっていても尚、学園長先生は「落ち着け」と私に言った。しかし、このままでは……。焦る私の気持ちを代弁するように、留三郎が「あの妖は鎌を持っていました」と説明をしてくれる。そうだ、武器を持っているんだ、アイツは。焦りが過ぎて、イライラしてきた私に気づきつつ、学園長先生は口を開いた。



「あやつは死なん。実はの、前にも似たようなことがあったんじゃ」



そして、学園長先生から話される過去の出来事に、私達は目を丸くした。


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