地獄で仏に会ったよう


「あの、ありがとう」なんて慌ただしくお礼を言い、走り去って行くあの人の背中を見ていると、隣に誰かの気配を感じた。艶のある綺麗な髪が視界に入り、その気配が誰のものなのかすぐに分かる。



「珍しいな、お前が親しくもない者に助言をするとは」



そう言う隣にいる人――立花仙蔵先輩――は、両腕を組みながら僕を見下ろす。自分自身どうでもいいと思っていた。あの人が学園に害を及ぼすなら殺すだけだし、何もしなければ此方も何もしない。けど、ずっと自分の気持ちを出さずにズルズル引きずっているのを見て、なんだか……、モヤモヤした。



「それでも僕は、あの人が変なことをした場合は容赦なく殺します。……薄情だと思いますか?」



あの人から視線を外し、立花仙蔵先輩に視線を向ける。僕の言葉に立花先輩は「いや」と言い、「私でもそうするさ」とあの人の背中に視線を向けながら言った。




 ***




学園中を走りながら七松君を探し、とうとう見つけた。七松君は校庭でバレーボールをいじりながら暇そうにしている。周りに人はいないし、今が話すチャンスだ。「七松君っ!」と名前を呼びながら駆け寄ると、七松君は私に気付き「鈴奈」と言った。「どうかしたのか?」と首を傾げて言う七松君に、私は本題に入ろうと口を開く。



「……、」



しかし、思うように言葉が出ない。本当のことを言って、軽蔑されて、嫌われたらどうしよう。そんなことばかりが頭を支配して、手が震える。……でも駄目、ちゃんと話すって決めたんだ。この場にお祖母ちゃんはいない、自分で道を切り開かなければ七松君達が死ぬ。大丈夫、七松君ならきっと。



「私、あの、七松君に話しておきたいことがあるの」



私の言葉に、七松君が「話しておきたいこと?」と私に聞き返す。震える手に力を入れ、拳を作って震えを紛らわす。喉も、口も震える。
10歳の時、事故にあって頭を強く打ったことがあるの。それ以来、普通の人には見えないものが見えるようになった。その普通の人には見えないものっていうのが、世にいう”妖”と呼ばれるもの。妖は私達の周りにたくさんいて、目が合えば処構わず襲ってくる妖が多かった。そのせいか友達もどんどんいなくなって、私は妖のことがバレないように過ごしてきた。でも、お祖母ちゃんも私と同じように妖を見ることができたの。そのお祖母ちゃんは、昔大川さんと友人だったらしい。そして……、



「――此処に来た日の夜、七松君や他の人達が妖に殺される夢を見た」



私の言葉に、七松君の目が微かに丸くなる。
あの妖の姿、今でも覚えている。アイツは、私を殺そうと追ってきた妖だ。もしもアイツがまだ私を探しているのだとしたら、私が此処にいることで七松君達が巻き込まれて殺される。でも、アイツが私の居場所を特定してしまった場合は、私が逃げても七松君達も殺される。



「護りたいけど、でも、私には力も知恵もない。どうしたら良いか分からなくて、ずっと黙ってた」



胸元辺りの服をぎゅっと掴む。七松君はこんな私の話を真剣に聞いてくれて、「鈴奈……」と心配そうな表情をしてくれる。



「信じてくれなくても構わない。でも、なるべく私と一緒にいてほしいの。そうすれば、私が囮になるから」



私の言葉に、七松君は俯いてバレーボールを持っている両手に力を入れる。何かを堪えるような仕草。もしかして、私の話を聞いて笑いを堪えているのだろうか。途端に不安になっていると、ボールが段々と押しつぶされてきた。いくらなんでも力入れすぎじゃ……。



「鈴奈」
「な、何……?」



ビクつきながらも返事をする。今私の名前を呼んだ七松君の声は、いつもと比べて明らかに低いものだった。と、その時、七松君が持っているボールが、パァンッ、と破裂した。そのことに思わずぎょっとして、七松君をジッと見る。七松君はいまだに俯きながら、先程と同じ低い声で「気に食わないな」と言った。ひ、ヒィッ……。



「どうして一人で全てを解決しようとするんだ。そんなに私が信用できないか?」



やっと顔を上げた七松君に睨まれ、私は硬直する。しかし、七松君が言った言葉に、私は「ち、ちがっ……!」と戸惑う。違う、信用していないんじゃない。ただ私は……。



「七松君には傷ついてほしくないだけ! 私のせいなのにっ……!」



巻き込むことなんてできない。



「なら一緒にどうすればいいか考えよう。他にもっと方法があるはずだ」



七松君の言葉に、私は目を丸くする。私に、協力しようとしてくれてるの……? なんで……? 唖然としていると、七松君は先程の怖い顔とは変わり、ケロッとした表情で「まずは対策だな」と言った。今まで、協力してくれる人なんていなかった。その嬉しさからか、涙が出そうになるけれど、なんとか堪える。



「とりあえずどんな妖か教えてくれるか?」



「うん」と小さく返事をすると、七松君は私の手を掴んで歩き出した。どうやら七松君の部屋に行くらしい。手に温もりを感じながら、七松君が友人で良かった、と心の底から思った。


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