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慶応3年11月
大政奉還により、幕府と朝廷は新しい時代を迎えた。だが、そのひと月後、土佐出身の坂本龍馬が斬られたという報せが入った。坂本龍馬が暗殺された近江屋に、左之さんの鞘が落ちていたらしいが……、左之さんはきちんと鞘を持っている。それは私も確認した。



「斎藤! なんでここに!?」



副長の命で、幹部達が集められた。沖田さん達と一緒に指示された部屋へ行くと、そこには伊東さんの方へ行ってしまって居ないはずの斎藤さんが居た。



「本日付で、斎藤は新選組に復帰する」
「斎藤君は間者として、伊東派に潜伏していたのだ」



副長と局長の言葉に、私達は安堵して座る。確かに、斎藤さんは間者として行かせる程信頼に足るお人だ。少し咳込みながら「僕に内緒でそんな楽しいことしてたんだ」と言う沖田さんの背中を、優しく擦る。相変わらず、沖田さんの労咳は良くなっていく傾向を見せない。



「黙っていて皆にはすまんことをしたなあ」
「斎藤、報告を」
「はい。……伊東派は新選組に対し、敵対行動を取ろうとしている」



斎藤さんの報告に、私は「やっぱりか」と心の中で思う。あの人は信用できない。更に、副長が斎藤さんの補足として口を開いた。



「羅刹隊の存在を公表してやがるらしい。それから、坂本暗殺は原田の仕業だという噂を流し、新選組を陥れようとしている」



副長の言葉に、左之さんと新八さんが眉間に皺を寄せる。それは二人だけではなく、私も同じだ。こういう卑劣な事を仕出かす雰囲気を醸し出してるから、私は伊東さんがあまり好きではないのだ。



「更に差し迫った問題がもう一つ。伊東派は新選組局長の暗殺計画を練っている」



斎藤さんの報告を聞き、沖田さんが「近藤さんを!!?」と驚きながら殺気立つ。……これは、穏やかではないな。



「……伊東さんには、死んでもらうしかないな」
「御陵衛士と事を構えるということか?」
「平助はどうすんだ?」
「――刃向かうようなら斬るしかあるまい」



副長はそう言い捨て、部屋を出て行ってしまった。いつも一緒だった平助さんと敵対する事になろうとは、誰が予想できただろう。まさか、平助さんと戦うことになるかもしれないだなんて……。副長が去ってしまい、沈黙が部屋を包み込む。そんな中、千鶴が「良いんですか!!? 皆さんは平気なんですか!!?」と声をあげて言った。私はすかさず、千鶴の腕を掴み、喋るのを止めさせる。千鶴は眉間に皺を寄せたまま、私を見る。



「……平気に、見えますか?」
「トシだって、本心では助けたいと思ってるんだ……」
「俺達だって、平助には戻って来てほしいさ……」



私達の言葉に、千鶴は副長の判断の意図に気づいたらしい。「取り乱して申し訳ありません……」と頭を下げる千鶴。私は何も言えなかったけれど、とりあえず頭を撫でた。




 ***




その夜、局長と副長は伊東さんを会合に誘うことになり、伊藤暗殺は実行された。私は「総司を見ていろ」と副長に言われ、沖田さんの部屋に来ている。布団の中に入って寝転ぶ沖田さんであったが、眠れないのかずっとつまらなそうに目を開けていた。



「寧ちゃん暇ー」
「暇と言われましても困ります。大人しく寝てください」
「寝れなーいつまんなーい」



左右にゴロゴロと体を動かしながら口を尖らせる沖田さん。その姿は子供みたいだ。一体何歳だアンタ、とツッコミたいがツッコんだら負けだ。



「仕方ありませんね。では、昔話を、っ!!?」



縁側で気配を感じる。私は話を中断させ、腰に下げている刀を構える。スッ、と静かに空く障子。縁側から部屋の中へ入ってきたのは、――千鶴によく似た南雲薫さんだった。



「……よくここまで来られたね」
「いつぞやのお礼に参っただけです」



そう言い、南雲さんは私の隣に座る。そして、取り出したのは瓶に入った変若水だった。「……なんで君がこれを?」と沖田さんが聞くと「綱道さんから頂きました」と南雲さんが答えた。



「実は……、千鶴は生き別れた双子の妹なのです。私達の生家が倒幕の誘いを断って滅ぼされた折、私は土佐の南雲家に引き取られ離れ離れになりました」
「へぇ……、じゃあ君も鬼なんだね?」



沖田さんの言葉に、南雲さんは無言で頷く。



「病のことは千鶴に聞きました。この変若水を飲めば、蝕まれた身体も治ります」
「あの子は僕の身体のことを人に話したりしない。誰かに言ったら斬るって約束だからね」



沖田さんの言葉に、私は頷く。沖田さんの言う通りだ。あの子は素直で隠し事が苦手ではあるが、約束はきちんと守る。だが、隣に居る南雲さんはクスッと笑みを浮かべ、「今のあなたに戦えますか?」と言った。南雲さんの言葉に、私は我を忘れ、南雲さんの首に刀を添える。南雲さんは一瞬驚いた表情をあらわにするが、すぐに笑みを取り戻した。その目は私を捉える。



「……戦るなら、私が承ります」



南雲さんを睨みつけながら言う私。しかし、南雲さんはクスクスと笑った。



「随分と主人に忠実な小姓だこと。私に仕えてみる気はありませんか?」
「忠実だとおっしゃったのに誘うとは、矛盾しておりますね」
「……ふふ、確かに」



南雲さんは微笑みながら刀を恐れる素振りを見せず立ち上がる。そして、部屋を出て縁側から庭へと降りた。そして、私達を振り返り見る。



「沖田さんには勿体無い小姓さんですね。では、また」



そう言い、南雲さんは風のように消えてしまった。居なくなってしまった標的に、私は刀を鞘に納める。沖田さんを見ると、苦しそうに顔を歪め俯いていた。変若水へ目を向けると、月の光に反射して変若水は光を帯びていた。血のような色に、私は寒気を感じた。



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