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慶応2年7月
江戸幕府第14代征夷大将軍・徳川家茂公が亡くなったとの報せが入った。この後まもなく、禁門の変に端を発した長州征伐は、幕府軍の大敗北という衝撃的な結末で幕を閉じた。260年、揺らぐことのなかった大樹が軋み始めた瞬間だった。

慶応2年9月
三条大橋にて「長州藩は朝敵である」旨を知らしめる制札が引き抜かれる事件が起き、新選組に制札警護の命が下った。これには、左之さん率いる十番隊が向かった。




 ***




慶応2年10月
新撰組幹部は吉原へと宴をしに来た。私の右隣には沖田さんが、左隣には千鶴が座っている。千鶴は吉原に来るのが初めてらしく、なんだかそわそわしていて落ち着きが無い。だが、それは千鶴が初心という理由もあるだろう。



「おばんどすえ。ようおいでにならはりました。お相手をさせて頂きます、君菊どす」



そう言ってニコッと微笑む芸妓の君菊さんは、とても美しい。色気のあるその姿に、女である私ですら呑み込まれそうになる。見惚れていると、隣の沖田さんに「そんなに見てると穴開くんじゃない?」と言われてしまった。思わず沖田さんを睨むと、沖田さんはわざとらしく「怖い怖い」と言いつつ笑みを浮かべながら視線を逸らした。



「いや〜、左之が制札警護の報奨金で俺等に御馳走したいなんて。よっ!太っ腹!!」
「やっぱ高い酒は違うなあ! 喉がきゅーっとする!!」



始まったばかりだというのに、既に軽く酔ってしまっている三馬鹿でお馴染みの平助さん、左之さん、新八さん。これでは酔っ払いのおじさんの集まりのようで些か恥ずかしい。今の三人に関わるとろくな事がない為、なるべく関わらないようにしなくては。



「にしても、立て札を守っただけで報奨金が出るんなら、全員捕まえたらどれだけ大金が貰えてたんだろうな」
「左之さん、どうして逃がしちゃったんだ?」



何気ない平助さんの言葉に、左之さんは眉間に皺を寄せた。そして、千鶴へと視線を向けて「あの晩、どこかに出かけなかったか?」と聞いた。千鶴は身に覚えが無いようで、首を傾げつつ「いえ、出かけてませんけど……?」と答える。



「千鶴がどうかしたのか?」
「……いや、実は土佐藩士を取り囲んだ時、千鶴によく似た女に邪魔されて……」



千鶴によく似た女。それについて、私は心当たりがあった。沖田さんもあったのか「前に会った子かもしれないよね……」と呟いた。「南雲薫さんですか?」と聞くと、「そうそう」と返事が返ってくる。私の言葉を聞いて思い出したのか、千鶴が「あの時の……?」と不思議そうな顔をしながら呟いた。



「俺は似てないと思ったけどなあ。向こうは娘姿だったしさ」
「ならば、女物の着物を着せてみればいいのではないか?」



斎藤さんの言葉に、私達は一斉に千鶴を見る。たくさんの視線が集まった千鶴は「へ……?」と動揺する。まさか自分の矛先が向くとは思わなかったようだ。千鶴に女物の着物を着せる気満々の新八さんと平助さんが「そりゃ名案だ!! 君菊さんよ、この子に女物の着物を着せてやってくれないか?」「千鶴を娘姿に!?」と興奮する。それを土方さんが止めようとするが、逆に君菊さんに止められてしまった。君菊さんは「よろしゅおす。万事心得てますえ」と言うと、千鶴の元へ向かった。



「私も行きます」



千鶴一人では不安だろうから、そう言って立ち上がり、二人の元へ歩み寄る。千鶴は驚いていたが、君菊さんはニコリと笑って頷いた。




 ***




用意された着物を持ち、空いた部屋に案内される。千鶴が脱いでくれさえすれば着物を着せられるのだが、千鶴は俯いたまま脱ごうとはしない。私は心配になり、「どうしました?」と声を掛ける。



「あ、あの、私が女だという事を知っていますよね……?」
「ええ、勿論ですが?」
「な、なら……!! その、出て行ってください……!!」



顔を真っ赤にしながらそう言う千鶴。私はその言葉にポカンとしてしまう。しかし、すぐに千鶴がそう言った理由に気づき、「ふふ」と笑みを浮かべる。



「どうやら言い忘れていたようですね。私も、千鶴と同じ女ですよ」
「……え……?」



私の言葉に唖然とする千鶴。そして、私の身体を上から下までマジマジと見る。私の隣に居る君菊さんが「気づいておへんどしたんどすなあ」と微笑んだ。どうやら、君菊さんは私と千鶴が女だということに気づいていたようだ。千鶴は唖然としながら「ど、道理で、男の方より細いと思いました……」と呟くように言う。その言葉に笑みを浮かべ、「ここまで騙せていたとは、私の男装も捨てたもんじゃありませんね」と返事をし、「さ、早く着替えましょうか」と言う。千鶴は「あ、そうですねっ」と笑って、少し恥ずかしそうに袴を脱ぎ始めた。




 ***




男装とはうって変わり、見違えるほど綺麗になった千鶴。その美しさは、吉原でも充分にやっていける程のものだった。間違っても吉原に働かせるようなことはさせないけど。
君菊さんが「みなはん、お待っとさんどした」と言いながら、沖田さん達が居る部屋の襖を開ける。その際、私は千鶴を前へと行かせる。「千鶴、なのか……?」という平助さんの言葉が中から聞こえる。それに対し、千鶴が恥ずかしそうに顔を赤くする。



「どうですか? 元が良いので、あまり化粧をする必要はありませんでしたけど」



そう言いながら、私は部屋の中へと入って行く。しかし、それと同時に「えーっ!!?」という新八さん、平助さん、左之さんの声が聞こえた。その声に少し驚いて「なんですか?」と聞きながらも、元座っていた沖田さんの隣に座る。



「寧も行ったから、お前の事も期待してたのに」
「まさか男装のままとは……!!」
「これぞ親の心子知らずってやつだよなあ」
「着替えるとは言ってなかったでしょう」



私の言葉に、三人は口を尖らせる。隣に居る沖田さんが「僕も見たかったのに」と呟いたのが聞こえ、「見て得するものでもないでしょう」と返事をする。沖田さんは「見てみなきゃ分からないよ」と言うと、千鶴に視線を向けて「千鶴ちゃん、化けるもんだね。一瞬誰だか分らなかったよ」と千鶴を褒めた。



「で、どうなんだ平助?」
「う〜ん、普通の着物じゃないから逆に難しいなー。それにしても……、可愛いな、千鶴」



簡単に言ってのけた平助さんの言葉に、千鶴は「えっ」と言って顔を赤くする。なんだかんだ言って、平助さんは天然タラシなのではないかと疑問に思う。平助さんに続き、左之さんと新八さんが千鶴を褒める。すると、千鶴は連続した褒め言葉に居たたまれなくなったのか、「もうっ! やめてください!!」と顔を赤くしながら部屋を出て行ってしまった。



「……からかいすぎだ」
「あまりにも可愛いもんだから、ついな」



そう言って笑う左之さんに悪びれた様子は無い。先程の千鶴、もう少し見ていたかったのに。その後、左之さんの腹踊りは始まった。



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