『守りたいものが増えたのだと実感した』
のんびりとした時間ができて、思わず「ふあぁあ〜……」とあくびが出る。体を動かすと、ちゃぷん、と湯の音がする。一日お風呂に入っていないだけなのに心地良い。髪の毛もしっかり洗い、かゆみは無くなった。やっぱりお風呂は良いね。
「……どっか上の空でさっぱり聞いてないんだろう?♪ わざとこぼすサイン♪ 見逃す君♪」
ああ、駄目だ。どうしても歌ってしまう。しかも結構本気で。
***
――どっか上の空でさっぱり聞いてないんだろう?
「――…あれ?」
「どうかしましたか?」
風呂場の前で冬さんを待っている僕と鉢屋。待ち始めてしばらく経った頃、風呂場の中から歌声と思われる声が聞こえてきた。だが、それは今まで自分が聞いてきた歌とはだいぶ曲調が違う。これは本当に歌なのだろうか? 僕は少し首を傾げ、風呂場へ耳を傾ける。鉢屋は僕の行動を不思議に思いながら、自分自身も風呂場へと耳を傾けた。
ほら、いつだって同じで分かり合ってる? ……とんだ勘違いだよ。ここに居る僕に気づけないんだろう。
ああ、確かに歌だ。この歌声は冬さんのものだろうか。ならば、この歌が未来の歌だということが分かる。
人込みにまぎれて一人、虚しくって見上げる空。届かない会話キャッチボール、孤独は増してく。Hey! Hey! 応えて。誰かいませんか? ずっと探しても答えないや。Hey! Hey! 僕だけが僕をつくるから。泣いたって、笑って憎んだって愛して生きていこう。Hey! Hey! サムライハート(some like it hot)
「……まるで、今の冬紀みたいですね」
そう言う鉢屋に、僕は鉢屋へ目を向ける。その表情は、前髪で隠れていて分からない。だが、声はなんとなく切なげだった。確かに、歌詞がなんとなく今冬さんのようだ。……胸が、きゅうっ、と締め付けられる感覚がする。
「ねえ鉢屋、」
「なんです?」
「――…君は、何があっても冬さんの味方でいられるかい?」
僕の問いに、鉢屋は僅かながらも目を丸くした。しかし、すぐに表情を戻し、「分かりません」と言う。
「アイツが今までの天女と違うとは思います。けれど、まだ確信は持てません」
「……そっか」
「善法寺先輩はどうなんです? アイツの事、どう思ってるんですか?」
「僕は、守ってあげたい。冬さんは何もやってないのに、殺される可能性があるなんて、そんなのおかしいよ」
「……そう、ですね」
その時、風呂場の戸が開いた。中からは髪の毛を手拭いで乱暴に拭いてる冬さんが「おまたせー」と言いながら出て来た。
「女は長風呂なはずだが、だいぶ早かったな」「ったぼうよ。つか敬語使え」と冬さんと会話をしている鉢屋は、冬さんの言葉に、鉢屋は「つーん」と言って無視した。そして、ジーッ、とある場所を見つめる鉢屋。その場所は……――…冬さんの胸!?
「チッ、中に着てやがる……!」
「ハッ! 残念だったな。ありとあらゆる場合を考え、中に黒いTシャツと黒い短パンを履いているのだよ」
しかめっ面をする鉢屋と勝ち誇った笑みを浮かべる冬さん。今日初めて顔を合わせたばかりだというのに、もうこんなに仲良くなってしまっている。僕は嬉しくなり、ふふ、と笑った。
「おい冬紀、」
「”冬さん”もしくは”冬ちゃん”と呼べ。そして敬語を使え」
「……おい冬さん、」
「……敬語を使う気は無いのか。まあ良い。で、何?」
「善法寺先輩が笑ってんだけど。何かやった?」
「いや。アレじゃね? おかしなものでも食べちゃったんじゃね?」
先程から二人が変なことを言っているが、気にしない。……いや、気にしてもいいかな? 結構傷つくんだけど。
「それか笑い薬でも飲んじゃったんだな、きっと。じゃなきゃ思い出し笑い」
「なんだよ笑い薬って。そんなのないだろ。そういえば思い出し笑いする人ってムッツリなんだっけ?」
「じゃあ伊作ムッツリじゃん」
「そうだったのか、善法寺先輩……」
「――ちょっと二人とも、殴られたいの?」
「「すみませんでしたァァア!」」
その時の二人は、とても意気がピッタリだった。同時に僕にバッと頭を下げ、「ひぇえ、恐ぇえ」と言っている。僕はその姿を見て、再び笑った。