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『善法寺伊作は貴女を信じます』


今日は天女様が空から落ちてきた。
運悪くその場に遭遇してしまった僕は、天女様を抱き受け、医務室へと運んだ。その場を偶然見ていた乱太郎が、上級生達へ「天女様が来た」という事を知らせた。すぐさま医務室へ駆けつけた上級生。寝ている天女様の顔を見て顔を顰めたが、仙蔵がすぐに監視をするように提案。僕達は当然、その提案に賛成した。そして、僕はそのまま天女様の世話をすることになった。他の上級生は天井裏で監視をするらしい。
しばらくして天女様が起き、学園長先生の元へお連れした。しかし、今回の天女様はいつもの天女様と違う。普通の顔立ちに、あまり露出していない服と呼ばれる未来の着物。いつもの天女様は猫撫で声だったのに対し、今回の天女様は普通の声で普通の態度だった。そして何より、――…学園長先生に対しての態度をわきまえている。今までの天女様は、学園長先生に対しても無礼だったというのに。



「いさっくん? 大丈夫か?」
「えっ? あ、ああ、何だっけ?」



小平太に顔を覗き込まれ、ハッとする。いけないいいけない。今は上級生が集まって会議を開いてるんだっけ。僕は慌てて笑みを浮かべる。



「……まさか伊作、あの天女に術をかけられたんじゃないだろうな?」



仙蔵の言葉に、集まった上級生達がざわつく。僕は「え」と声に漏らしつつ、仙蔵を見る。仙蔵は怪しげに僕を見ていた。慌てて「ぼ、僕は術なんてかけられてないよっ!」と言うけれど、



「分かりませんよ。本人は気づいていない術ですから」
「そうですよ! やっぱり、あの天女に近づかないほうが……!」



久々知と田村がそう言う。しまった。僕のせいで冬さんがますます疑われてしまっている。
僕自身、最初は皆のように疑っていた。しかし今は違う。彼女と話しているうちに、彼女は今までの天女とは違うことに気づいた。彼女は天女でも死神でもなく、普通の女の子なのだ。違う、違うよ……。 皆、誤解してるんだ。皆は彼女に「天女」を重ねているだけなんだ。見てよ、ちゃんと。彼女をちゃんと見てよ……。



「君達だって、彼女の事を見てただろう? なら、彼女が今までとは違うことくらい分かるはずだ!」



冬さんは良い人だ。実際に話してみて、心の底からそう感じた。皆は知らないだけなんだ。ああ、悔しい。どうすれば、皆分かってくれるんだろう。



「っ!」
「っおい! 伊作!?」



気づけば、僕は走り出していた。留三郎が僕の名前を呼んでいたけれど、構っていられない。会いに行きたい。会いに行かなければ。彼女はきっと僕達が疑っている事に気づいていた。言わなければ、自分の本心を。




 ***




「っ冬さん!」
「っおお!?」



勢い良く障子を開けてしまった。中に居る冬さんは変な声をあげて驚いた。よく見なくても分かるが、冬さんは寝ながら本を読んでいたようだ。「あ、急にすみません!」と謝れば、動揺しながらも「どうしたんですか?」と聞いてくれる冬さん。
彼女は体を起こし、足を揃えて座ると、改めて僕を見た。僕は「えっと……、」と言葉に詰まりつつ、部屋の中に入る。とりあえず冬さんの前に座る。



「僕は、信じてますから」
「え?」
「貴女は、天女でも死神でも無い普通の女の子。だから、僕達に害を及ぼさない。――…僕は、貴女を信じてます」



僕の言葉に、冬さんは微かに目を丸くする。この人は、感情をあまり顔に出さない人。しかし、今はこうやって驚いている。でもすぐに、「ははっ、年下のくせに」と言って笑う冬さん。この世界に初めて、心の底から笑ってくれた気がした。僕も、その笑みにつられて笑う。しかし、一つだけ気になることがあった。



「え、えっと……、失礼ですけど冬さんって何歳なんですか?」
「ああ、そういえば言ってなかったですよね。18歳です」



冬さんの言葉に、僕は固まる。そんな、まさか。今までの天女は14歳と15歳だったのに、急に18歳……?



「じゃ、じゃあ冬さんが僕に敬語使うのおかしいじゃないですか!」
「え、でも初対面ですし」
「なら今からでも敬語外してください!」


僕の気迫に、冬さんは「えー……」と苦笑している。しかし、「分かった、敬語外す」と言ってくれた。それだけで僕は、ぱあっ、と笑顔になる。



「しっかし、伊作は物好きだねえ。こんな女、放っておけば良いものを」
「そんな……、放っておいたら仙蔵達が何を仕出かすか……」
「ああ、やっぱり警戒されてるんだ。伊作は私と居て良いの?」
「え? 何がですか?」
「周りに避けられたり、虐められたり」
「ああ……、良いんですよ」



そう言って、僕は笑顔を作る。だが、冬さんは眉間に皺を寄せている。冬さんは感が鋭いようだ。僕が無理をしようとしている事なんて御見通しなのだろう。しかし、此処で引き下がったら苦しむのは冬さん。この学園に嫌悪されている彼女は、僕しか味方が居ない。ならば、なんとしてでも彼女を救わなければ。



「無理しなくて良いんだからね。もし限界が来たら、私は死ぬだけだから」
「っそんな……」
「まあ、ぶっちゃけ既に死んでるわけだし。生きてたって仕方ないわけよ」
「でも、今は生きてるじゃないですか……!」
「今はね。もしかしたら明日にでも居なくなってるかもよ?」



そうやって他人事のようにケラケラと笑う冬さん。僕は、彼女が相当無理をしているように見えて、思わず顔を俯かせた。下唇を噛み、泣くのを堪える。本当なら、僕じゃなくて彼女が泣くべきなのに。ふと、両頬に手を添えられた。そして、グイッ、と強引に顔を上げさせられれる。



「ごめん、意地悪言った」



そう言って、少し流れる僕の涙を拭く冬さん。顔はなんだか泣きそうで、でも嬉しそうな表情をしていた。



「私の為に泣くなんて、お人好しすぎじゃないの?だから忍に向いてないって言われるんだよ」
「なっ……!」
「でも、――…ありがとう」



頭を優しく撫でられる。ほら、今までの天女と違う。優しくて暖かい、でもなんだか少しひねくれている。太陽とは言い難い彼女。例えるとすれば……、月、だろうか。理由は、うん、なんとなく。



「もし何かあったら、遠慮せずに僕に言ってくださいね!」
「そうだね。とりあえず、私に不運を移さないように気をつけて」
「酷いっ!」



冬さん。貴女は絶対、僕が守りますからね。



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