『この声と言葉は君には届かない』
最近、冬さんとの会話が減っている気がする。いや、減ってるな、確実に。彼女が事務の手伝いを初めて、早五日。以前は冬さんの部屋に行けば彼女に会えたのに、手伝いを初めてからは部屋に居ることが少なくなったようだ。会っても、彼女には仕事があるから長話をすることが出来ない。……寂しい。
「はーあ、今頃冬さん何してるかなー……」
「……お前、相当冬さんのこと好きだよな」
溜め息をついて呟くと、隣に居る留三郎が呆れながら言ってきた。僕は思わず口を尖らせる。
「最近まともに話してないし……」
「忙しそうだからな、あの人」
「うん……」
冬さんが手伝いを初めて変わったことといえば、会話が減ったことと、小松田さんに対する怒声が増えたこと。吉野先生は冬さんが手伝ってくれることに嬉しそうにしていたけれど、僕としては複雑だ。
「小松田ァァァアアアアア!」
「ひぃーっ! ごめんなさぁーい!」
何処からか、冬さんの怒声と、小松田さんの悲鳴が聞こえてきた。その声を聞き、僕と留は目を合わせ「ぶふぅーッ!」と笑いを吹き出す。
「あっははっ! またやってるね、あの二人っ……!」
「だな! 一日一回は怒ってるだろうぜっ……、くくっ……!」
腹をかかえて笑う僕と留三郎。まだ冬さんの怒っている声が聞こえてくる。もはや忍術学園名物で良いんじゃないだろうか。
「はー、笑った! そういえば、明日が予算会議だったか?」
「あ、うん。みんな怪我しなきゃいいけど」
「無理だろー。毎年派手にやらかしてるからな、主に体育委員会が」
「それは用具委員会だって同じじゃないか」
「……反省してます」
「よろしい」
留三郎と仲良く話していると、庭の方からバタバタと慌ただしい足音が複数聞こえてきた。留三郎と一緒に「なんだなんだ?」と庭の方へ視線を向けると、不破雷蔵が涙を浮かべながら辛そうな表情で走っていた。その後ろからは、尾浜勘右衛門、久々知兵助、竹谷八左ヱ門の三人が焦った表情で雷蔵を追いかけていた。その四人の中に、いつも雷蔵と一緒に居るはずの鉢屋三郎の姿がない。
「喧嘩か……?」
「雷蔵と喧嘩をしたがらない三郎がかい?」
「あの様子じゃ喧嘩以外考えられないだろ」
「まあ、確かに」
三郎はいつだって雷蔵の側にいる、気がする。二人ともお互いを思っていて双子も同然なのだ、多分。……確信はない。あの二人が喧嘩をするなんて珍しい。余程のことがあったに違いない。三郎と仲の良い冬さんに報告しておくべきだろうか。
「喧嘩、長引かなきゃ良いけどねえ」
空を見上げて、僕はそう呟いた。
***
今日、三郎の父上が忍術学園を訪れた。三郎の家は”鉢屋衆”という優秀な忍者集団の家計。三郎も、いずれは鉢屋衆の長となるようだ。卒業するまでは忍術学園で忍者について学び、卒業後に鉢屋衆の一員となる。……はずだった。
「…………」
三郎の父上は、三郎が忍術学園を中退させてでも鉢屋衆の長にしようとしている。今日、三郎の父上が忍術学園に来たのもその話のことだった。三郎の父上は、三郎を連れて忍術学園を出て行ってしまった。……三郎には早く鉢屋衆を継いだ方が身のためかもしれない。そう思い、「まだ忍術学園にいたい」と言う三郎の言葉を遮り、僕は「行きなよ」と言ってしまった。その時の三郎の顔は、とても吃驚した表情をしていて、辛そうで悲しそうだった。
「……きっとこれで良かったんだ、きっと……」
心は晴れない。表情も晴れない。元気が出ない。……隣に、三郎が居ない。でも、僕達にもいずれ別れは訪れる。それが早まっただけだ。そうだろう、三郎?