変魂-へんたま- | ナノ

『肉派と魚派でいったら魚派です』


いとも簡単に吉野先生に信用されてしまった私。喜ばしいことだけれど、逆にこんな簡単に信用されて良いんだろうか。まあ、とりあえずお腹空いたから食堂に行くか。吉野先生にも「お腹が空いたでしょうから、夕飯を食べてきなさい」って菩薩のような微笑みで言われたし。あの時は再びどん引きするしかなかった。そういえば食堂行くの、まだ二回目だったか。生徒や先生達にジロジロ見られなきゃ良いけど。



「あ、冬さん!」
「おお! My Angel トモミちゃん!」



食堂に繋がる道を歩いていると、前方からトモミちゃんが歩いてきた。横には、くのいち教室でお馴染みのユキちゃんとおシゲちゃんも。久しぶりにトモミちゃんに会えたことが嬉しくて、私はトモミちゃんをぎゅーっと抱きしめる。



「あ、あの、冬さん! 苦しいです……!」
「え、ああ、ごめんね」



結構力強く抱きしめてしまったようだ。トモミちゃんから放れると、トモミちゃんの頬は赤く染まっており、恥ずかしそうな顔をしていた。……襲っても良いですか? (駄目ですからァア! by.伊作)
ふと、ユキちゃんとおシゲちゃんに目を向けると、強張った顔をしていた。どうやら警戒されているようだ。まあ、初対面だから仕方ないといえば仕方ないけれど。……女の子に警戒されると傷つくなあ……。



「初めまして、神田冬紀っていいます。気軽に”冬さん”もしくは”冬ちゃん”って呼んでね」



ユキちゃんとおシゲちゃんに向けてそう言うと、二人は困惑した表情で「は、はい」と返事をした。そして、「えっと、あたしはユキで、」「私がシゲっていいましゅ」と名前を言ってくれる。「二人ともよろしくね」とニコッと笑って言うと、二人は少し引き攣った笑みで頷いた。うーん、話しかけづらい。どうしたものか。



「冬さんは今から夕餉ですか?」
「うん。トモミちゃん達は?」
「私達は今済ませてきたところなんです」
「そっか。残念だなァ、まだだったら一緒に食べようと思ったのに」



一人で食べなきゃいけないのは寂しい。でも、食べた後なら仕方ないか。また食べさせるわけにはいかないし。とりあえず、「止めてごめんね、じゃ!」と詫びを入れて三人に別れを告げる。トモミちゃんはニコニコしながら手を振ってくれたけど、ユキちゃんとおシゲちゃんは少し引き攣った笑みだった。うーん、悲しい。これから仲良くなっていければ良いんだけど……。




 ***




食堂へ辿り着いた。食堂の中からたくさんの話し声が聞こえる。夕食時だから、どうしても人が多くなるんだよなァ。……一人で中に入るのは、少し勇気がいる。



「冬さんも今から夕餉ですか?」



横から声が聞こえ、横を見る。しかし、そこには誰もいない。あれれ、幻聴だったかしら。「し、下ですよ下!」と言われて下を見ると、私を見上げて苦笑している彦四郎の姿があった。可愛いな、こんにゃろ。……ん? 「冬さん”も”」ということは、彦四郎も今から夕食なのだろうか。ぜ、是非とも一緒に食べていただきたい……!



「彦四郎、一緒に御飯食べない?」
「わあ、奇遇ですね。僕も冬さんを誘おうと思ってたんです」



照れたように笑う彦四郎。ぐおぉおお……! や、やめてくれぇ……! その笑みで私の鼻から赤い血が出てきちゃうよぉぉお……! いっそ彦四郎を食べてしまいたい。(駄目ですからァァアア! by.伊作) もう、伊作うるさいなァ。



「冬さん、どうしたんですか? 行きますよ?」
「あ、うん。そうだね」



いかんいかん。危うくイケナイ方向へ行くところだったぜ。自分で自分に呆れていると、彦四郎が私の手を掴んだ。そして、ギュッと私と手を繋いだ。驚いて彦四郎を見ると、「えへへ」と照れ笑いをしていた。…………お、襲ってまうやろぉぉおお!



「は、反則だよ、彦四郎……!」
「え? 何がですか?」
「ううん、なんでもないよ。とりあえず彦四郎可愛い」
「お、男に向かって”可愛い”は無いでしょう!」
「可愛いもんは可愛いんだから、仕方なーいの」



ケラケラ笑いながら言うと、彦四郎は顔を赤くしながらムスッとした。どんな顔をしても可愛いってどういうことなの。とりあえず彦四郎の手をひいて食堂の中に入る。中に入ると、人が結構いた。「うひゃー、座る席あるかな」と言いながら空いている席を探すと、隅っこに二人分の席があった。おお、なんてタイミングの良い。



「なんとか席が空いていて良かったですね」
「だね。無かったらどうしようもんかと思ったわ」



二人で会話をしながら食堂の受付の方へ足を進める。受付に行くと、食堂のおばちゃんがニコッと笑いながら「はじめまして」と声をかけてきてくれた。でも、どうしてだろう。その笑みが、なんだか影を帯びている感じがする。



「私は食堂のおばちゃんよ」
「はじめまして、神田冬紀と申します。”冬さん”もしくは”冬ちゃん”とお呼びください」



そう言うと、食堂のおばちゃんは「じゃあ、”冬ちゃん”って呼ぼうかしら」と言ってくれた。ほとんどの人達が”冬さん”と呼ぶため、”冬ちゃん”と呼ばれるのは新鮮だ。私を”冬ちゃん”と呼ぶのは、おばちゃん以外だと尾浜だけだったっけ?



「食事を作っていただいているのに、御挨拶に伺えなくてすみません。いつも美味しい食事を有難う御座います」



そう言い、軽く頭を下げる。だが、食堂のおばちゃんは驚いた表情で私を見るだけで、何も言わなかった。「あの?」と声を掛けると、おばちゃんはハッとして「ご、ごめんなさいねっ!」と謝った。



「そんなに丁寧にお礼を言われるの、初めてだったから驚いちゃって。こちらこそ、”美味しい”って言ってくれて有難う」



嬉しそうに笑いながら、お礼を言ってくれた食堂のおばちゃん。私もつられて笑う。横にいる彦四郎も、私とおばちゃんの会話を聞いて、ニコニコしていた。「今日はサバの味噌煮定食よ」と言いながら、定食を二人分出してくれるおばちゃん。私と彦四郎は、定食をそれぞれ受け取りながら、おばちゃんに「ありがとう」とお礼を言う。さすがはおばちゃんの作った食事、いつものことながら美味しそうだ。涎が出てきそう。



「あ、冬ちゃんお魚大丈夫だった? 今までの天女様、お魚あまり好きじゃないみたいだったけど……」
「え? 私、魚大好きですよ。特にサバの味噌煮は」
「そう、なら良かったわ」



安心したように微笑むおばちゃん。今までの天女、魚があまり好きじゃないなんて。肉も美味しいけど、魚の方が美味しいのに。勿体無いなァ。
「じゃあ、いただきますね」と言い、「ええ、どうぞ」と優しく笑うおばちゃんに見送られながら、私と彦四郎は空いている席へと向かった。



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