変魂-へんたま- | ナノ

『好きな人に顔を近づけられると固まるよね』


外に出れるという事は素晴らしい。この世界に来て、心の底からそう思った。鮮やかな青色に白い雲が浮かぶ空、空を気持ちよさそうに飛び交う鳥達、周りを見渡せばたくさんの緑が広がっている。空気を吸えば、清々しいほど澄んでいる綺麗な空気が入り込んでくる。
私はなんて素晴らしい場所にいるんだ! 自然を愛していて良かった!



「今日も良い天気だ!」



「んーっ」と背伸びをすると、なんだか気持ちが良い。部屋の中で過ごしていても暇だし、このまま散歩してしまおう。とりあえず、縁側を沿って歩いていく。ただ歩くだけというのもつまらない。そう思い、スキップをしながら縁側を進んでいく。



「私ノ世界ニ、麗シイ景色…♪」



スキップしながらこの歌を歌うと、なんだかテンションが上がる。人が居ない中、スキップをしながら歌うというのは気分が良い。私が独占してる庭、みたいな。



「背景ハ君…♪ 「快晴!」…♪」
「冬さん、なんだか楽しそうだな」
「は」



一人だと思っていた。完全に私しか居ないもんだと思っていた。なのに声がした。声がした庭の方を見ると、そこには三郎率いる五年生達の姿。私はソレを見た瞬間、ゆっくりと両手で顔を隠す。今の完全に見られてたよね? 普段あんな事しないキャラなんだけど私。最悪な状況で出くわすとか何なんだよ。



「おーおー、恥ずかしかったなー。大丈夫、何も見てねえぞー」
「もうやだ、穴があったら入りたい……」



とりあえず私の頭を撫でる三郎の手を退ける。何処かに綾部が作った落とし穴は無いだろうか。今ならそこに全力で突っ込める自信がある。



「あ、あの、そんなに気にする程の事じゃないと思いますよ……?」
「そ、そうッスよ! 誰だってやる事ですし!」
「ええ子達や……!」



不破と竹谷が必死にフォローしてくれる。三郎に「良い友達を持って幸せだな」と言うと、「当たり前だろ」と返ってきた。この野郎、嬉しそうな顔しやがって。羨ましいぞコンニャロ。まあ、私も自慢できる友達は居たけどな。今はもう会えぬ友人達よ、達者でな……。



「冬さん、柏餅作ったんです。食べませんか?」
「え!? え!? 尾浜の手作り!? 食う! 食うよ!」
「女性なんですから”食べる”って言わないと」
「あらやだ久々知、伊作みたいなことを言いおって」



そう言いながら、私は尾浜から柏餅を受け取る。一口食べると、衝撃的な程美味しい味が口の中に広がった。おいおい嘘だろ。男が作った柏餅が、見た目良し、味も良しだなんて。なんて女子力の高さ。


「ど、どうですか? 美味しいですか?」
「……なあ尾浜、」
「は、はいっ」
「――…嫁に来ないか?」



私の言葉に「へ?」と間抜け面で唖然とする尾浜。私の隣では三郎が溜め息をついた。



「い、いやいやいや! 嫁って! 俺、男ですし!」
「女装すれば問題無いだろ?」
「お、大有りですよ! 勘右衛門が女装したら、どっちも女同士で結婚できませんよ!」
「ハチ、そう言う事では無いのだ」



「えー」と眉間に皺を寄せる私。後ろでは「いつもあんな感じなの?」「ああ、大体な」と不破と三郎が会話をしている。



「俺、初めて女の人からプロポーズされた……」
「おいおい、感動するような事か? プロポーズした女は冬さんなんだぞ?」
「ぶっ殺したろかコラ」



私は年下にどんだけ貶されてるんだ。酷い言いようだな。隣に居る久々知に「三郎殴って良いかな? ねえ良いよね?」と聞くと、「豆腐食って落ち着いてください」と言われた。豆腐食って落ち着けるならとっくに食ってるわ。



「そうだ冬さん、見せたいものがあるんだ」
「見せたいものとは何ぞ?」



「ちょっと待ってろよー」と言い、三郎が私に背を向ける。不破が「なんでしょうね?」と声をかけてきたので「なんだろう……」と返事をする。三郎は一体何をする気なんだろう。まさか手品とか? 「じゃーんっ」と、そう言った三郎が私の方へと体を向けた。そこには……、



「え、あれ? 銀さん……?」



目の前に居る銀さんへと変装した三郎を指さして唖然とする私。私の反応に、三郎はニカッと笑う。顔は銀さんである為、銀さんの顔で笑ったという事になる。段々熱を帯びていく私の顔。
こ、これは、アカンやつだ。
「お? 冬さん顔赤くね?」と三郎に顔を覗き込まれる。だが、その顔はいまだに銀さんの顔。銀さんに顔を覗き込まれているとしか思えない。私は赤くなった顔を隠すように両手で顔を隠す。



「なんだなんだ、照れちゃって可愛いところもあるんだなー」
「う、ううううっさいな! 近づくな!」



ニヤニヤ笑う三郎から遠ざかるように、私は後ろへと下がる。好きな銀さんの顔となると、叩く事すら出来ない。アイツ、それを分かってて迫ってきがやる。



「あ、後で伊作に説教してもらうからな!」



そう言い、逃げるようにその場を去った。三郎とは言え、銀さんの顔で迫られた時は死ぬかと思った。心臓がバクバクいっていて止まらない。どんだけ銀さんが好きなんだ私は。




 ***




遠くなっていく冬紀の背中を見た後、坂田銀時の顔をした三郎に「三郎、それ誰の顔?」と話しかける雷蔵。今までに見たことがない顔なのだ。



「ああ、坂田銀時っていう冬さんの好きな人なんだ」
「へえ、好きな人………、」
「「「好きな人ぉぉお!?」」」



ケロッと答える三郎。だが、他の四人は驚きのあまり大声をあげた。三郎はその反応に「うおっ」と驚きつつも、少し首を傾げた。



「え、な、あの人好きな人居たのか!?」
「つっても別世界にだけどな」
「じゃあ、本当に俺達を狙ってるわけじゃないのか……」



兵助の言葉に、三郎は「無いわー」と答えると、シュバッと顔を雷蔵の顔へと戻す。顔は雷蔵でも表情は三郎、面倒くさそうな半目の表情になっている。その顔を見た雷蔵は恥ずかしさのあまり「もっとちゃんとした顔してよ」と少し眉間に皺を寄せて言うが、三郎は「えー」と言うだけで変える気は無い。



「そういえばこの前、七松先輩が”天女がなかなか落ちない”って言ってたな」
「冬さんは銀さん一筋だからな。他の男が頑張っても落ちるはずないさ」
「でも俺、さっきプロポーズされたけど?」
「”嫁”って言ってたろ。ああ見えて女好きなんだ」
「……なんだ、本気じゃなかったんだ……」



三郎の言葉にショックを受けた勘右衛門が、シクシク、と泣いたふりをする。隣に居る兵助が「どんまい」と勘右衛門の肩に手を添えて慰める。



「そんなに落ち込むことかー?」
「だって人生初のプロポーズだったんだもん!」
「でも本気じゃなかったわけだろ?」
「……ぐすん」



勘右衛門がハチの言葉に更にショックを受けた時、学園内の鐘が鳴った。今の鐘は次の授業が始まる合図。五人は慌てて教室へと向かった。



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