変魂-へんたま- | ナノ

『天女じゃねえ、悪魔だ』


しばらく食堂で待っていると、廊下から話し声が聞こえた。鉢屋の声と、女の声。
来たか、天女よ! 今こそ貴様の本性を暴く時!
ワクワクしていると、仙蔵に「文次郎、期待したって無駄だと思うぞ」と言われてしまった。フンッ! それはどうだろうな。最近の仙蔵は、どうも天女を好評価しているらしい。何故だ、何故なんだ。今までは陰口や文句ばかり言っていたくせに。



「ほら、着いたぞ」
「失礼しまーす……」



食堂の出入り口へ目を向けると、様子を伺いながら中へ入ってくる天女が居た。その後ろには、腕を頭の後ろで組んでいる鉢屋の姿。綾部は天女を見ると「冬さんっ」と、天女の腰に抱きついた。
あ、アイツ、何やってんだ!? 術かけられんぞ!?
「冬さん、待ってましたー」と言う綾部は、天女の肩に自分の頬を寄せている。



「え、何でこの子こんなに可愛い性格になってnあだだだだだ!」
「やだなー、可愛いだなんて。でも嬉しいです」
「全然嬉しい顔してないよね!? 抱きつく力をもっと弱めてもらえる!?」
「愛です。全ては冬さんを愛するが故」
「絶対嘘! あれ、コレ私の骨コレ、なんかメキメキいってない? 大丈夫コレ?」
「メキメキ言ってるのは僕の心臓です。冬さんに会えたのが嬉しくてメキメキ言ってるんです」
「上手くねえんだよ! 早く放れろ!」



……………。
俺は、静かに仙蔵へと視線を向ける。俺の視線に気づいた仙蔵は俺へと視線を向け、ビシィッ、と親指を立てて笑った。
俺は信じないぞ。アレが三人目の天女? 何処かの町娘を天女の様に仕立てあげただけじゃないのか? いやいやいや、待て自分、冷静に考えろ。これは、もしかして天女の策かもしれない。俺達に興味のないように見せかけて、本心では狙っているんだろう。侮ってはいけない、決して。



「ちょ、タンマ! 中から何か出てくる! 中から何か出てくる! うっぷ……!」
「喜八郎、そろそろ放してやれ」
「はーい」



仙蔵の言葉により、綾部が天女から放れる。「あー、助かった」と言う天女の顔色は悪く、口元を手で抑えている。すかさず、伊作が天女の背中を優しく擦った。「ありがとう」と吐き気に耐えながらも礼を言う天女に、伊作は「いいえ」と苦笑しながら言う。



「冬さん、どうぞ! 私が心を込めて作った豆腐料理です!」



未だ顔色の悪い天女の腕を引っ張り、食堂の椅子へ座らせる兵助。天女は数多の豆腐料理を見て「へえ、凄いな」と感心した。しかし「豆腐以外の料理は無いの?」と言う天女の問いに、「はい、ありません!」と久々知が自信満々に返すと、天女は少し呆れた表情を見せた。
箸を持ち、「とりあえず、いただきます」と豆腐の前で手を合わせる天女。そして、目の前にある豆腐料理へと手をつける。……が、動きが止まった。そっと兵助の方へ視線を向ける。そこには、涎を垂らして豆腐を見つめる兵助の姿があった。



「……、久々知も食べる?」
「っへ!? い、いや、俺は、ジュル、冬さんに食べてもらう為に作ったので、ジュル」
「ジュルジュル言ってる時点で説得力ねえぞ」
「ち、違うんですジュル! 本当に俺は大丈夫ですからジュル!」
「食べた過ぎて語尾が”ジュル”になってるけどジュル」
「冬さんも付いてるぞジュル」
「三郎もなジュル」



兵助と三郎の言葉に反応する天女は、ずっと無表情のままだ。何を考えているかよく分からず、眉間に皺が寄ってしまう。



「ほんと久々知も食べなよ。無理する事ないよ?」
「まあまあ、先に天女様が食べると良いさ!」



小平太は笑顔でそう言い、笑顔で天女の頭を鷲掴みにした。「え?」と青ざめる天女を余所に、小平太はそれはそれは素晴らしい笑顔で、「いけいけどんどーん!」と天女の顔を豆腐に突っ込んだ。否、突っ込もうとした。



「ぬぐををを! ちょ、ちょっと待って! 何この状況有り得ないんですけど!?」



――寸でのところで、天女が机の上に手を付き、顔が豆腐に突っ込むのを防いでいた。
それは一瞬の出来事で、思わず「ほう」と天女に感心してしまった。いかんいかん、呑み込まれるな。小平太も意外だったのか「お、天女様凄いんだなあ!」と笑う。しかし天女は必死なのか「そう言いつつ力を強めるのやめてくんない!? 相手女の子なんだけど分かる!?」と抗議している。



「女の子? どこに居るんだ?」
「テメェぶっ殺すぞ! え、あ、ごめんなさい更に力込めないでェエエ!」
「なっははは! 天女様は面白いな! これじゃこの場に居る全員が惚れるぞ?」
「願い下げだァァア! 私には銀さんとの輝かしい未来が待ってんだよ! こんな所で死ぬわけにはいかないんだ!」
「あり? もう死んでるんじゃなかったっけ?」
「そうでした」

――グシャァッ

「冬さぁぁぁあああんっ!?」



天女は小平太の言葉に撃沈し、力無く豆腐へと突っ込んだ。豆腐へと突っ込む音が食堂を包んだ。その瞬間、伊作が慌てた表情で天女へと近寄る。それは伊作だけではないようで、鉢屋も結構慌てた表情で近寄った。



「冬さん大丈夫か!? 意識はあるか!?」



鉢屋の慌てる声。いつもの生意気な鉢屋の姿はそこには無い。天女に対してこんなに慌てるのか、と正直驚いてしまう。それは俺だけではないようで、周りに居る者達もそうだった。
顔を豆腐に突っ込んだまま、「ごふっ」と咳込む天女。そして、ゆっくりと豆腐から顔を出す。伊作が手渡した手拭いを「ありがとう」と受け取り、顔についた豆腐を拭く。



「なははははは! 天女様の顔についた豆腐、まるで精えk――」
「死ね」
――ドガシャンッ!
「っごふ!」



……天女が、小平太の頭を鷲掴みにして豆腐料理へと顔を突っ込んだ。いきなりの事に小平太は対応できなかったようだ。



「え? 何? 今なんて言おうとしてた? 卑猥な言葉じゃなかった? ねえ?」
「ごふっ! ごふがっ!(うん! そうだ!)」
「あっ、ごっめーん。何言ってるか分かんないやーアハハハ」



豆腐料理へと押し付けた小平太の頭を掴んで放さない天女。表情は笑っているのに、目が笑っていない。おい、アイツ天女じゃねぇだろ。悪魔だろ悪魔。俺達を殺す為に魔界世界から来た悪魔だろ。



「ええい悪魔! これ以上小平太に手出しすると容赦しねえぞ!」



我慢できず、俺は思わず天女にビシィッと指をさして怒鳴ってしまう。その事に、周囲はざわめく。天女は小平太の頭を持ったまま、俺へと視線を向ける。その目は少し髪の毛に隠れていて、なんだか不気味さを出している。そして、天女がゆっくりと口を開く。



「――いや、死神ですけど」



その瞬間、その場に居る全員がズッコケた。



23/96

しおりを挟む
戻るTOP


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -