『不破雷蔵の不安と興味』
今日は三郎は居ない。三人目の天女様の監視をする為、授業には出ないのだ。
「三郎が居ないだけでも、なんだか寂しいもんだなー」
頭の後ろで手を組んだハチがそう言う。「確かに」と僕は苦笑。授業が終わり、放課後となった今。僕、ハチ、兵助、勘ちゃんの四人は三郎の元へ向かっている。三郎は術に操られてはいないだろうか。少し不安だ。
「それにしても、三人目の天女様ってどんな顔してんのかな?」
「ブスが良い。殺す時に可愛い顔だと躊躇するし」
「それはハチだけなのだ」
勘ちゃんの言葉に、ハチがそう言い、兵助がツッコむ。「まったく、ハチったら」と言っていると、庭の方で何か動いたのに気づく。足を止めて、庭へと顔を向ける。思わず「あ」と声に出す。
「み、皆待って! アレ見てアレ!」と、先に行ってしまうハチ達を引き留め、庭の方を指さす。ハチ達は「なんだなんだ?」と庭へと目を向ける。そこには、一冊の本を覗き込む三郎と善法寺先輩、三人目の天女様が居たのだ。
「アレが三人目の天女様か」
「そこじゃないでしょ! なんで三郎があんなに楽しそうなの!?」
「雷蔵、落ち着け。……あれは演技ではなさそうだ」
「おいおい、ヤベェんじゃねえの?」
勘ちゃんの言葉に思わず声が大きくなってしまい、兵助に宥められる。
「あー、無理。頑張っても読めない」と天女様。「こ、これから少しずつ頑張りましょう?」と善法寺先輩。三郎は本をいまだに読んでいる。胸がモヤモヤする。黒い感情に押し潰されそうだ。三郎、君は天女様側なの……?
「冬さん、なんか知ってる呪文とか無いのか?」
「無いよ。あ、でも、ちょっと試したいことが」
そう言って空に両手をかざす天女様。此処からでは天女様が此方に背中を向けていて顔が見えない。何をするのだろう。
「――出でよ! シェンロォォォン!」
女らしからぬ低い声で、そう叫ぶ天女様。僕やハチ達は驚いてビクッとしてしまう。……しかし、何も起きない。そこら辺の鳥が「阿呆ー阿呆ー」と鳴いた。
「何も起きないじゃないか。あんなに低い声で叫んだのに」
「だから”試し”だって言っただろうが。今更ながら恥ずかしいわ」
「冬さんってあんな低い声出せるんだな。もう男になっちゃえよ」
「やめろォォオ! 人の心の傷をえぐるなァァア!」
「ちょ、冬さん落ち着いて」
……えっと、その……。……あの人が、三人目の天女様……? え、嘘。違うよね? 絶対違うよね?
こっそりハチ達の顔を見ると、ハチ達は口角を引き攣らせていた。僕達に気づいた三郎が、満面の笑みで「あ、雷蔵ぉー! ハチ! 兵助! 勘ちゃん!」と僕達に手を振る。僕達は引き攣ったまま、小さく手を振る。
「あ、コイツ三人目の天女様」
「だから天女じゃないってば」
三郎に腕を引っ張られる天女様。それにより、顔が此方に向き、顔を確認することができた。今までの天女様は整った顔をしていたが、今回の天女様は平凡な顔立ちをしている。しかも、今までとは違い、天女様であることを否定している。
「あ、神田冬紀っていいます。”冬さん”もしくは”冬ちゃん”とお呼びください」
そう言い、軽く頭を下げる天女様。つられて僕達も軽く頭を下げる。顔を上げて改めて天女様を見る。が、今までの様に心がうるさくなるようなことは無い。おかしいな……、どうしてだろう。勘ちゃんの「冬ちゃん達は何をしていたんですか?」という言葉に、「ああ」と天女様が声に出す。
「ちょっと異世界へ行く方法を試しててね」
異世界へ行く方法……?
何を考えてるんだ、この天女様(これからは冬さんと呼ぼう)。来たかったからこの世界に来たんだろう? それなのに、異世界へ行く方法を試している? 何をしたいのか全く分からない。
「違う世界に行きたいのですか……?」
兵助の言葉に「うん」と即答した。僕達は冬さんが考えていることが分からず、困惑してしまう。
そんな時、三郎が「んじゃ冬さん、試すぞ。まずは、小さい黒板のやつからな」と冬さんに言った。いつの間にか動かせる式の小さな黒板を用意していた三郎。冬さんは黒板へと体を向ける。
「えーっと、まずは円を描いて……、」
本を見ながら黒板にチョークで円を描く善法寺先輩。そして、冬さんに両手を円の中に入れるように指示する。冬さんは頷き、善法寺先輩に言われたようにする。
「それで?」
「これで終わりです」
「え、嘘。コレ絶対行けないだろ……」
「はあ」と溜め息をついて項垂れる冬さん。眉間には少し皺が出来ている。本をペラペラとめくりながら「うーん、どれも嘘っぽいな」と呟く三郎。そういえば、いつの間に本を借りたのだろう。ふと、ハチが僕の肩をトントンと軽く叩いた。「どうしたの?」と声をかける。
「なんか、前の天女様と違って普通だな」
「うん、だよね。何か企んでるのかな……?」
「それは無いだろ。あれが演技だったら、すぐに気づくだろうし」
「そっか、確かにそうだよね。それなら、信じてみても良いかも」
「……本気か?」
「うん。三郎が信じてる人になんだか興味があるし」
「あー、それは一理あるな」
ハチと一緒に、冬さんへと視線を向ける。その時ちょうど、三郎が「そういえば冬さんって胸あんまないよな」と言ってしまい、冬さんが「んだとゴラァアア!」と三郎へ思いっきり蹴りを入れていた。……今のは三郎が悪い。