第27話


――…いつの間にか、燃え盛る炎の中にいた。
周りからは悲鳴、怒声、喚き声、狂った声。四方八方から飛び交う声の連鎖。そして、炎によって崩れ落ちる何かの音。メラメラ、と音を立てるのは私を囲んでいる炎。普通なら混乱するであろう、この場。私は何故か落ち着いていて、ただ炎を眺めているだけ。足元がユラユラ揺れる。足元を見ても、木の板が見えるだけ。周りを見渡しても、炎が見えるだけ。



「逃げろ、孟徳!!」
「さあ、早く!!」



聞き覚えのある声。ああ、きっと間違いない。この声は、夏侯惇と夏侯淵だ。二人の声は焦っているような声だった。それに、”孟徳”である”曹操”を逃がそうとする言葉。次第に、私の周りの炎が小さくなっていく。疑問に思いつつ、周りを見渡す。目の前に視線を戻した時、目に映ったのは夏侯惇と夏侯淵の姿だった。二人は私に背中を向けている。二人の視線の先には……――…曹操だ。



「まんまと、やられてしまったな……」



持っている刀を眺めながら言う曹操。その刀を持ちつつ、そばにいる馬へと跨った。それを合図に、夏侯惇と夏侯淵も馬へと跨る。



「行くぞ、夏侯惇、夏侯淵」
「ああ」
「了解っす!」



馬を蹴って走り出す曹操、夏侯惇、夏侯淵の三人。三人は道をどんどん進んで行き、とうとう姿が見えなくなってしまった。ただ突っ立っているだけの私。三人だけを見ていて分からなかったが、辺りを見渡すと、私は船の上に居るのだと気づく。船、炎、曹操の敗走。この三つの共通点は、アレしかない。



「――…赤壁の戦い……」



夢なのだろうか、現実なのだろうか。何故私がこの場にいるのか。皆が逃げ惑う中で、私は一人ポツンと考え事をしていた。「とりあえず、私もここに居たら危険だよな」と思い、曹操達が通った行った道を走り始める。辺りには死体や焼き焦げた死体の痕があり、とてもグロい。普通なら絶叫や固まったりなどするだろうに、私はいたって冷静だった。



「……お、出口見えてきた」



迷いながらも走り続けていると、陸へと繋がる通路が見えてきた。更に速度を上げる。脱出成功ー。焼かれていく船から脱出し、陸へと足をつける。辺りを見渡してみると、誰もいない。おかしいな、曹操達が逃げ始めてそんなに時間経ってないはずなのに。曹操達どころか、魏の皆も、呉の皆も、蜀の皆もいない。



「やあ、可愛いお嬢さん。迷子かな?」



後ろから声がした。いきなりのことに驚き、バッと後ろを振り向く。



「と言っても、私が招き入れたのだけどね」



そう微笑んだのは…――郭嘉だった。赤壁の戦いに関わらなかった男。いや、その前に亡くなってしまったのだ。この場にいないはずの男が、何故……。距離を取ろうと、数歩後ろに下がる。



「初めまして、知っているだろうけれど、私は郭奉孝」



そう微笑む郭嘉。「本物?」と呟くと、「本物といえば本物だし、本物じゃないといえば本物じゃない」と返された。よく分からない返答だ。少し首を傾げていると、「君は氷室小雪殿、で合ってるよね?」と聞かれた。私の名前を知っている郭嘉に、少し動揺してしまう。私も郭嘉のこと知ってるからお互い様だけど。



「なんで名前……」
「夢で見てね、君達家族のことを。小雪殿には代表して此処に来てもらったんだ」
「何の為に?」
「あることを伝える為に。……私達はいずれ、君達のもとに現れる」



「え」と思わず目が点になってしまった。「私達」の中に誰が入るかは分からないが、とりあえず郭嘉は確定だろう。でも、なんで……、っていうか、どういうこと……。詳しく聞こうと口を開こうとするが、「おや、時間のようだ」という郭嘉の言葉に口を噤む。気がつけば、郭嘉の体が透けていた。



「ちょ、ちょっと待って!! まだ聞きたいことがあるのに!!」
「大丈夫、いずれ分かる時がくるから」



いずれっていつだよ!! 話している間にも、郭嘉の体は透けて消えていく。郭嘉が私を見て、ニッコリと微笑む。



「――…軍師は覚えているよ」



その言葉を最後に、郭嘉の体が完全に消えてしまった。それと同時に、襲ってくる睡魔。「くそ……、あのナンパ野郎……」と悪態をつき、私の意識がぶっ飛んだ。

 
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