第26話


胸が、痛む。ズキンズキン、って。涙は、枯れるほどに溢れ出た。あの時の竹谷の悲しそうな顔が頭から離れない。



「――…小雪さん、」



廊下から私を呼ぶ声が聞こえた。この声は尾浜のものだ。……泣いた後の顔なんだけど、まあ良いか。私は立ち上がって、障子を開ける。涙が溢れ出た目は、手で擦ったせいもあって赤く腫れている。尾浜は私の姿に、少し眉間に皺を寄せた。とりあえず、尾浜を部屋の中に入れる。正座で「ハチから聞きました、告白のこと」と来て早々言う尾浜に、私も座りながら「そう……」と小さく言う。



「その様子だと、随分後悔されたんじゃないんですか……?」
「……したよ、たくさん」
「その後悔は、貴女がハチのことを好きだからですよね……?」



尾浜の言葉に、私は無言で頷く。その瞬間、尾浜は少し身を乗り出しながら「なら、何故ハチのことをっ……!!?」と聞いてきた。そんなの、答えは簡単だ。



「……”生きる世界が違う”から。いくら両想いでも、それは禁断になる」



私の言葉に、尾浜は無言で俯く。何も言わないということは納得してくれたのだろうか。私だって、竹谷のことが好きなのだから竹谷と結ばれたい。結ばれなくとも、断った理由を言いたい。けれど、お互いに好きだと分かってしまうと、それにより、相手をもっと好きになっていく。そうすると……、別れるときに辛くなるのだ。



「私が振れば、竹谷はきっと諦めて私への気持ちを薄くする」
「……でも、それでは小雪さんが辛いんじゃ……」
「……そうだね。でも、そうも言ってられない状況なんだよ。どっちかが我慢しなきゃいけないんだ」



私は「災い」が全て終わったら、元の世界に帰る。OROCHI2のときのように、太公望殿は私達が元の世界に帰るときに記憶を消してくれるだろう。それまでの辛抱だ。チラッと尾浜を見ると、尾浜は複雑そうな顔をしていた。年下に気を使わせちゃって、なんだか申し訳ないな。視線を落とすと、頭に何かが乗っかった。驚いて尾浜を見ると、尾浜が私の頭を撫でていた。



「えっと、何してんの……?」
「頑張った御褒美、です」
「御褒美って……、年下にそんなこと言われても……」
「今だけ、こうさせてください。今の貴女は見るに堪えない」



そう言って、いまだ頭を撫で続ける尾浜。私は「……今だけね」とボソッと言う。尾浜は私の言葉が聞こえたらしく「はい」と言った。沈黙が続く中、しばらくして尾浜が私の頭を撫でるのをやめた。



「ありがとうございました、本音を聞かせてくれて」
「……いや、こっちこそ話聞いてくれてありがと」



お互いにお礼を言い、笑い合う。ずっと自分の胸の内にしまっておこうと思ったけれど、尾浜に話したら少しスッキリした。



「実は小雪さんの部屋に来る時、兵助と雷蔵と三郎が”一緒に行きたい”って言ってたんですよ。でも、大人数で押しかけても迷惑だろうと思って却下してきました」
「そうだね、却下して正解だよ。大勢にこんな顔見られたくないし」



泣いた後の顔で人に会うのは抵抗がある。尾浜のときだって少し躊躇したし。来たのが大人数じゃなくて良かった。ホッとしていると、尾浜が「では、俺そろそろ行きますね」と言って立ち上がった。「うん、ありがとう」と部屋を出て行く尾浜を見送る。尾浜の足音が聞こえなくなるのを確認し、畳みに寝転がる。



「……ばーか……」



これは誰に言ったのか。自分なのか、竹谷なのか……、本人である私ですら分からない。シナ先生は仕事があるし、太公望殿は医務室にいるし、妲己は三蔵様のところにいるし。このまま寝てしまっても、きっと何も問題ないだろう。静かに目を閉じる。――…最後に聞こえたのは、風に揺れる木の音だった。

 
27/68
しおりを挟む
戻るTOP



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -