Act.09

「うおい希代ちゃん、おはよう! いつの間に男子テニス部のマネージャーになったの!?」



昨日の夜遅く、宿題をやるのを忘れていたことを思い出しのだが、「まあ明日の朝でも良いか」という軽い気持ちで寝た。アラームをいつもより早めにセットして、いつもより早めに起き、いつもより早めに登校した。のだが、既に登校していた友人が私の顔を見るなり、朝っぱらからそう聞いてきた。
うおいってなんだ、うおいって。



「おはよ。私はずっと帰宅部でっせ」
「え? でも、昨日の放課後、夏菜ちゃんと一緒に男テニのコートにいたよね?」
「ああ、ちょっと用事があってね」



机の横に鞄をかけながら言う私に対し、目の前にいる友人・井上留美ちゃんは「用事って何?」と聞きながらニヤニヤしている。私はとりあえず自分の席につき、鞄から宿題とペンケースを出す。



「宿題うつさせてくれたら詳しく教えてあげるけど、どうする?」
「くっ……、なんてズル賢い! でも、良いよ、見せてあげよう! 宿題は犠牲になったのだ!」
「にひっ、サンキュー」



留美ちゃんが宿題を取りに行ってくれている間に、私は数学の宿題のページを開き、シャープペンをペンケースから出して、カチカチ、と芯を出す。さあ準備が出来た、というところでタイミング良く留美ちゃんが戻ってきてくれた。「はい」と宿題のページを開いて渡してくれて、「ありがとう」とお礼を言う。



「で、どういうことなの?」
「あー、なんていうかな、夏休みに男テニの合同合宿があるんだけど、立海ってマネージャーいないし他校もマネージャーいないみたいで。色々あって行くことになった」
「へえ、そういえば希代ちゃん最近仁王と話すもんね」
「理由はそれじゃないんだけどね」



宿題をうつしながら苦笑して言うと、留美ちゃんは「そうなの?」とキョトンとしながら言った。



「夏菜が面倒事に巻き込まれて、成り行きで私も」
「ははっ、じゃあ希代ちゃんも巻き込まれたわけだ」



笑いごとじゃないよ、留美ちゃん。宿題は意外と少なかったようで、すぐにうつし終えてしまった。数学のノートを閉じて、再び「ありがとう」とお礼を言いながら留美ちゃんに数学のノートを返す。留美ちゃんは「どういたしまして」と太陽のような笑顔を浮かべた。眩しい。



「希代、留美ちゃん、おはよー」
「おはよー」



留美ちゃんと話していると、夏菜と悠ちゃんが登校してきた。留美ちゃんと一緒に「おはよう」と声を揃えて二人に言う。



「希代、これ幸村君から。合同合宿の予定表だって」



夏菜から一枚の紙を渡された。夏菜の言うとおり、その紙には合同合宿の予定が書かれている。朝7時起床、8時半まで朝の支度と朝食、8時半から午前の練習開始、10時から昼食作り、午後13時半から午後の練習開始、18時から夕食、それ以降は自由行動。らしい。



「……この昼食作りって何?」
「さあ? 氷帝の部長が作ったらしいから、幸村君も分からないらしいよ」



ひょうていの部長……、一体どんな人なんだろう。昼食作りっていうくらいだから、男の割には家庭的な人なのかな。常識人だと良いな。自由時間も結構あるし、気遣いのできる優しい人なのかもしれない。勝手に氷帝の部長の顔を想像しながら、再び合同合宿の予定表を見る。



「あ、放課後屋上に集合だってさ」
「えええええ」



夏菜の言葉に、私は予定表から夏菜へと顔を向ける。今週の土曜日から夏休みが始まる。だから今日から午前中で授業が終わるわけだけれど、放課後に屋上に行かなければならないとなると、お腹がぐーぐー鳴っちゃう予感が。皆に聞かれたらどうしよう。それにめんどくs……、ゲフンゲフン。



「弁当持ってきてないけど大丈夫なの?」
「時間はかからないから弁当無くても大丈夫!」



それなら、まあお腹空いても我慢するしかないか。臨時の身だから皆に我が儘言える立場じゃないし。



「臨時とはいえ、男テニのマネージャーって大変そう」
「だね。夏だし、水分はちゃんと取ってね」



興味がありそうな留美ちゃんに、心配そうな表情をする悠ちゃん。夏菜は悠ちゃんの言葉に「うん、心がけるよ」と笑顔で返事をする。そうだよなあ、夏バテになるの怖いし、水分はこまめに取らなきゃいけないな。悠ちゃんってば女子力高い。……あ、そういえば合宿のことお母さん達に話してなかったな。帰ったらちゃんと話さないと。



「で、希代ちゃんと夏菜ちゃんは、男テニで誰が好み?」



ニヤニヤと笑みを浮かべて聞いてくる留美ちゃん。いつかは聞いてくると思ったわ。



「そういう留美ちゃんは?」
「希代ちゃん達が答えたら言う!」



チッ、そう来たか。私が好きなタイプは誠実で浮気しない人、だけれど……、男テニにいただろうか。丸井は明るくて大食いだから違うし、仁王は人見知りで何考えてるか分からないから違うだろうし。幸村君は、なんか本当は腹黒そう。柳君は……、よく分からない。



「誠実で浮気しない人っている?」
「あー…、真田君か柳生君、かな?」
「あ、じゃあ、その二人のどっちかで」
「もう、真面目に答えてよー!」



ムッとする留美ちゃんに、「だって男テニ詳しく知らないんだもん」と返事をする。性格をちゃんと知ってたら答えれるんだろうけど、今のところ丸井と仁王の二人しかちゃんと知らない。幸村君と柳君は微妙。他の人達は言葉は交わしたことはあるかもしれないけど、ちゃんと話す間柄じゃないし。



「夏菜ちゃんは幸村君?」
「え? あたし、は……、誰かなあ……」



留美ちゃんの言葉に、夏菜は真面目に考える。悩んでいるところを見ると、幸村君のことが気になるというわけではなさそうだ。ちょっと安心。



「特にこの人っていうのはないけど、桑原君は好感持てたなあ」
「ほう、夏菜ちゃんは桑原君か! 幸村君かと思ってたのに」



桑原君か……。見た目は怖そうだけど、話してるところを見ると良い人そうだったな。「人は見かけで判断しちゃいけない」ってよく言うけど、桑原君にピッタリかもしれない。私と夏菜の好みを聞き終えると、留美ちゃんは悠ちゃんに顔を向け「悠ちゃんは?」と聞いた。まさか自分にまで聞いてくると思わなかったのか、悠ちゃんは「えっ、私も!?」と驚いている。



「俺じゃろ?」
「いや、俺だろぃ」



突然後ろから会話に参加してきた人物達に、私達四人は驚く。後ろを振り向くと、仁王と丸井が居た。まさか今までの話を聞いてたわけじゃないだろうな……。



「柳生はええが、真田が好みとは御剣は変わっとるの」



おい聞いてんじゃねぇか! しかもよりにもよって私のことも聞かれてるし! 内心焦ってツッコミをしている私だが、表面上はいつも通りの無表情で「変わってませんー」と言う。仁王は私の言葉にククッと笑い、「絶対変じゃ」と言った。失礼な奴。



「で、中川は誰が一番良いんだよぃ?」



丸井の問いに、「え、あ……」と言葉に詰まる悠ちゃん。人見知りだからなのか、丸井か仁王のどちらかが好きなのか、悠ちゃんの顔は赤い。そんな悠ちゃんを知ってか知らずか、丸井が「さあさあ」と悠ちゃんに返事を求める。



「丸井、悠ちゃんが困ってるよ。人見知りだから繊細に扱ってくださいまし!」



赤くなりながらも困った表情をする悠ちゃんを助けるように、留美ちゃんがそう言う。その言葉を聞いて、丸井は「えー、なんだよぃ、それ」と不満気な顔をして留美ちゃんを見る。



「まあまあ、間を取って私なんてどうよ?」
「却下。御剣は城阪の王子様じゃ」
「何故お前が決める」



良い選択肢を見つけたと思ったのに、すぐに仁王に一刀両断されてしまった。おんどりゃ。仁王を睨むと、仁王は舌を出して私を挑発するような笑みを見せた。おいコイツ殴って良いか。



「あの、私、レギュラーじゃないけど、水野君が良いかなって……」



おずおずと控えめに言う悠ちゃん。その顔は先程よりも赤い。悠ちゃんが言う水野君とは、男テニの平部員のそこそこイケメン。そこら辺の人よりかは強いけれど、レギュラー程強くはないらしい。悠ちゃん、まさか……、



「中川、水野のことが好きなのか!?」



私が聞きたいことを、丸井が大きな声で聞いた。そのことに、悠ちゃんはこれでもかという程顔を赤くしながら慌て、私達は「馬鹿……」と呆れる。丸井の声は教室全体に聞こえそうな程大きかったが、クラスメイトの数人が騒いでいたおかげで、周囲のクラスメイトにしか聞こえなかっただろう。



「まっ、丸井君っ、内緒にしてね!? 仁王君もだよ!?」
「安心せい、俺は口が堅い方じゃ」
「俺も俺も。協力するから、いつでも相談しろよな!」



切羽詰っている悠ちゃんの言葉に、仁王は何でもないように答え、丸井はニカッと笑みを浮かべながら答えた。二人共自分では口が堅いって言ってるけど、私からすると二人共すぐに言っちゃいそうなイメージ。大丈夫かな……。



「で、留美ちゃんは誰が良いの?」



夏菜の言葉に、留美ちゃんはニッと笑みを浮かべる。



「もち、切原君! 弟にしたいくらい笑顔が可愛いよね!」



その言葉を聞いて、丸井は「赤也かよぃ」と不満気に言い、仁王は「分かっとらんの」と呆れる。切原君か……、話したことはないけど、留美ちゃんの言うように笑顔が可愛いなって印象がある。誰かと話すときはいつも笑顔だし、でも小生意気なところもあるみたいだし、弟にしたいっていうのも分かる。



「結局俺と仁王の名前は出てこねぇじゃねぇか」
「ドンマイ、そういう時もあるよ」
「笑いながら言うんじゃねぇよぃ」



これが笑わずしていられますかって。



「あ、そろそろ先生来るね。はい、かいさーん!」



留美ちゃんが元気良くそう言い、元気良く自分の席に戻って行った。それに続き、ずっと顔が赤い悠ちゃんも逃げるように席につく。丸井と仁王は、留美ちゃんのことを「アイツ元気良いな」「プリッ」と会話をしながら、自分達の席に戻って行った。そんな皆を見て、私と夏菜は顔を見合わせて笑う。
今日は朝から楽しいな。



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