よろしくね、雨読君

雨読くんと私

第一話「よろしくね、雨読くん」

雨読くんと私

その出会いは、雨降る西千葉駅でのことだった。
季節は秋、ちょうど夕方の肌寒い頃のことだ。
空は白く、地面は暗い色を落としていた。

「僕はあと……人……せば……だろうか……」

人込みの中、誰かの独り言が聞こえてきているのだと思った。
私は自販機で買ったホットココアを飲みながら、ぼーっと人々の発する会話や、ざあざあと線路を叩く雨の音を聞いていた。

「僕はあと、何人殺せばいいのだろうか……」

その声の主は、弱々しい声だが、はっきりとそう言った。
私は慌てて辺りを見渡すが、あやしい人影は居なかった。
駅のホームに居る人々は、それぞれ好きなように会話したり、携帯電話をいじっていたり、時計を見たりなどしていた。
あとは、雨が踊り落ちていく音がするだけだ。

(疲れているのかな。)

私はそう思い、駅を出て近くのネットカフェへ向かった。


ネットカフェ「セーブポイント」に着き、個室を借りた。
荷物をドカッと床に置き、私は椅子に体を預けた。

(さっきの声はなんだったのだろう。余程思いつめた変質者なんだろうな。)

このままボーッとしていたら寝落ちして悪夢を見てしまいそう。
そう思った私は、なんだか甘い飲み物が欲しくなり、個室を出た。

セーブポイント特製のミックスジュースを、氷で満たされたグラスに注いでいるときに、それは聞こえた。

「やあ。それ、おいしいよね」

まるで、頭の中にイヤホンをねじ込んで聞こえてくるかのような声。
若い男性の声で、周りに誰かいるのかと思い見渡すと誰もいない。

(だ、誰?)
「君の幻聴だよ。今日だって薬を貰いに西千葉まで来たのだろう?」
「そうだけど……。」

思わず“ひとりごと”を漏らしてしまう。そして、幻聴男はまだ話しかけてくる。

「頭の中で言葉にしてくれたら会話できるから、君は声に出さなくていいよ。……自己紹介がまだだったね。僕に名前はない。通りすがりの幻聴さ。でも、君と話せてうれしいよ」

私は幻聴男の話を聞き流しつつ、席についた。
そのまま、“無言の会話”を続けてみた。

「さっき通ったところの○○ってマンガ、面白いよね。君は良く読んでるよね。僕も好きなんだ」
――それって私の幻聴だからでしょ?あなたは私の目を使い、一緒に読んだだけだよね?
「そりゃあまあそうだけど、君は僕の発言を予見できない。僕は君の中に居るだけで、君ではないからね」
――じゃあ、あなたは誰?
「僕?僕はだれでもないよ。雨の日の駅には、声が集まってくるんだよ」
――声?それって、どんな?
「水は延々と思い出を貯め続けるから、それがレール伝いに広がって、雨が弾ける度に声が聞こえるんだよ」

ざあざあと雨が降り、ぱちん、ぱちんと水滴が窓辺ではじけている。
しかし、声は幻聴男の声しか聞こえない。あとはPCのモーターがウー、と唸る音と、キーボードをたたくカチャカチャという音だけ。

「そうだ、せっかくだし名前をつけてあげるよ。」――よろしく、雨読(うどく)くん。

私はそう呟いた。


 *


梅雨は続き、雨がざあざあぶりの日は、私は雨読君と一緒に喫茶店に通うようになった。
お気に入りの水出しアイスティーを飲みながら、本を読むふりをして“声なき会話”をしていた。
―そんな日が数日、続いた。

「相席していいかな」

その女性は、他の席が空いているのにも関わらず、私の隣にドカッと堂々と座った。
葬式饅頭のような白い肌に、オカッパのような一昔前のボブカット、そして、黒い男性モノの喪服を着ていて、身長は低く細身だ。

「はじめまして。僕の名前は東。」
「あの……他の席も空いてますよ?」
「僕は君と話したいんだけど、いいかな?」
――雨読、この人知り合い?
「へー。姿なき彼氏君、雨読って名前なんだ。いい名前を貰ったじゃないか」
「どうして、それを」

東と名乗った女は、どうやら雨読との会話が聞こえるようだった。

「本来なら雨読さんを冥府まで連れて帰るところだけど、お嬢さんは雨の声が聞こえるみたいだね。よかったら電話してちょうだい。なんでも聞くし、暇つぶしに真夜中にかけてきてもいいから」

彼女はニカッと無邪気で不気味な笑みを浮かべ、名刺を私に差し出した。

「あの……」

席を立とうとした東を、私は引き留めた。

「今でもいいですよ。こんな病人の戯言に付き合ってくださる方、なかなかいませんし」
「ありがとう。プリンおごっちゃうよ!」

東はコーヒーとプリン2つをオーダーし、両肘をテーブルにつき、両手首を頬に添えて話し始めた。

「変わってるとか怖いとか思われそうだけど、ネタだと思って聞いてね。……僕、あの世に霊を送り届けるのが役目の死神なんだよね。といっても、生きてる命を奪うとかそういう仕事じゃなくて、小さな磁力みたいな残留思念を消したり、雨の日のホームに流れてきた霊を南船橋経由で連れ帰ったりするのが仕事なんだ。」

雨読がヒッ、と驚き声を上げたが、「大丈夫、君はこの子に迷惑をかけなければ消したりはしないよ、雨読くん」と東はウインクした。

「それでさー、雨の声を聴ける人ってめったにいないんだよね。特別な儀式を終えた死神ならまだしもさ、生きてる人間の場合はだいたい幻聴の場合が多くてさ。雨の声を聴ける生身の人間って、珍しいんだよね」
「そうなんですか。そういや雨読も“あと何人殺せばいいのだろう”とか言ってたよ」
「なに、雨読くんは悪霊なのか?!」

思わず立ち上がって大声を出してしまった東に、店内の視線が一斉に集まった。

「……まだ殺したことないですよ?!」
「だと思った。雨読君は喧嘩も弱そうだし、どこかの敵対組織の流したオーラで狂ってたんだろう。でもよくナンパできたね、こんなかわいい子をさ。うらやましい」

丁度、プリンが席まで運ばれてきた。
東は嬉々として雨読と会話をしていて、会話に混ざれそうな感じではなかったので黙ってプリンを食べていた。
しっとりとした甘さに、ふるふると柔らかくもしっかり焼かれたプリンは極上のものだった。
はたから見たら“なんか男装した人が独り言を延々喋ってる”状態なので、私は少し恥ずかしかった。


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