愉快なぐずぐずも
聞こえぬまま






「………あ、」
「どうされました?」



一級呪術師でもある私だが、基本的には補助監督として事務処理等をしている。これは一級になった時に悟があまりにも心配していたので、学長に相談すると「お前が呪術師として働くよりも、事務員をしてくれた方が助かる……悟のとばっちりが酷いからな…」と言われたので、悟にそれをやんわりと告げると、「名前は頭の回転が速いし、後輩も大事にしてるから、補助監督が向いてるよ!」と言う悟に色々と根回しされて、この現状となったのである。



硝子には「それでいいのか」と逆に心配されたが、補助監督としてみんなを支えられるのもそれはそれで嬉しいし、やり甲斐のある仕事だ。それに、そうする事で悟が安心するなら、私は何でもいいのである。硝子にそう伝えると「ケッ、やってらんねえ」と言われたが。





そして今日も、大量の書類とファイルが積み重なったデスクで、向かいに座った伊地知くんと事務作業をしていたのだ。
正午になり、「お昼にしましょうか」と言う伊地知くんに「そうだね…伊地知くんは、コーヒーでいい?」と聞き、了承とお礼を言われた私は、そこに置いてあるコーヒーメーカーで伊地知くんのブラックコーヒーと、自分のカフェオレを作る。
出来上がったブラックコーヒーを伊地知くんへと渡し、お弁当を取ろうと鞄を開いたら、お弁当箱が2つ入っている事に気が付いて、冒頭の会話である。


「………あ、」
「どうされました?」
「あ〜…忘れてた…」
「お昼ご飯、忘れられたんです?私、おにぎりが幾つかありますので、良ければ食べませんか?コンビニのですが…」
「あ、ううん、じゃなくて…」


私がお弁当を忘れたと思い、自分で買ったコンビニのおにぎりをくれるという優しい伊地知くんに見せるように、そっと大小のお弁当箱を取り出す。


「悟のも…作っちゃった……」
「あ、ああ〜…なるほど…」


そうなのだ。お昼ごはんにお弁当を作って行くのは珍しくない。そういう時は必ず悟の分も一緒に作る…だが、悟は一昨日から他県へと出張しているのである。





「伊地知くん、あの…手作りとか苦手でなければ、これ食べてくれると嬉しいんだけど…」
「え!あ、わ、私も頂きたいのですが…………そ、その、それ、五条さんの……です、よね…?」
「うん…でも悟が帰ってくるのは明日だから大丈夫だよ。押し付けるようでほんっとうに申し訳ない…!!」
「いっ、いえいえ!あの…むしろありがとうございます。本当にいただいて良いんですか…?」
「うん、食べてくれると有難い!ただの海苔弁なんだけど…ちゃんと手袋着けて作ってるから。あ、苦手な物があったら残してね」



お互いにすいませんと言い合いながら、伊地知くんに悟のお弁当を渡して、二人でお弁当を食べる。手が込んでいる訳でもないただの海苔弁なのに、優しい伊地知くんは「美味しいです!」と言いながら完食してくれた。



飲み干したコーヒーとカフェオレをもう一度注ぎ、午後からまた事務処理をしていく。
夕方頃になると、伊地知くんは学生を現場へと送るため、鞄を持って部屋から出て行った。




−−−


しばらくして、再びカフェオレを注ごうと席を立つと、ドアが開かれた音がしてそちらを向く。


「…あれ?名前、一人?」
「悟!お帰りなさい。伊地知くんは今出てるよ」
「ふうん。…名前、ただいま」



そう言いながら悟は私を抱きしめる。私はもう一度、お帰りなさいと悟に告げる。


「悟はコーヒー飲む?」
「甘いの〜」
「はいはい」


私のデスクの隣の席に座った悟に、幾つか角砂糖を入れた激甘コーヒーを渡す。私は自分の為に入れたカフェオレにふぅふぅと息をかけてから、一口飲むと、作業の続きをしていく。


「ねえ名前」
「ん?」
「お弁当、二つ持って来たの?」
「…えっ!?」
「鞄、僕のも入ってるでしょ」
「あ〜…はは、うん、そう…癖で悟のも一緒に作っちゃって…」
「そっかそっか。でも空っぽだね?名前、一人で食べちゃったの?」
「!…え、と」
「ん?なぁに?」



デスクに向かっている私を、自分の方へと向けるように椅子を回転させ、そのままキャスターを動かし近付く。
対面向きにされ、私の膝は悟のそれに挟まれる。悟の少しの威圧感にソワソワしながら、私は経緯を説明する。



「間違えて、悟の分も作って持って来ちゃったから…伊地知くんに押し付けたの」
「そ、伊地知が食べたんだ。美味しいって?」
「う、うん…美味しいって、全部、食べてくれた、よ?」
「ふぅーん?」



そう言うと悟は、私を自分の上に乗せるように抱っこをする。



「悟!こっ、ここ…職場……!」
「んー?」
「あっ、ちょ、ちょっと待っ…て!さ、さとる…!」
「…名前、こっち向いて?」


悟は私の首筋をじゅっ…と吸うと、私の頬を包み込むようにしてキスをする。


「…ン 、ぁ…んんっ」
「名前、静かにしなきゃ…ね?」


そう言う悟にムカッときて、悟の舌を思い切り噛んでやる。


「ッんん!……何で噛むの、痛いでしょ」
「悟が意地悪ばっかりするからでしょ!ここ職場!絶対!!だめ!!!」
「はぁ、真面目だなぁ名前は」
「私は普通だよ」
「だってさぁ〜名前がさぁ〜僕のお弁当伊地知にあげるからじゃん〜ねぇ〜」
「あー…それは、その〜、ごめんね?」




よしよし、と悟の頭を撫でる。



「でも、悟が明日帰ってくるって言ってたから、明日、頑張って休み取ったんですけど」
「!!…名前っ!」



パァ〜!と満面の笑みを浮かべて、ぎゅうっと私を抱きしめ「もぉ〜大好き!」と言う悟に少し呆れる様に笑い、「キリのいいところまで終わらすから、もうちょっとだけ待っててね」と悟に伝えて自分のデスクに戻って仕事を再開する。



「じゃあ僕、その間に学長の所に行ってくるね。すぐ戻るから」
「はーい」



悟はそう言って部屋から出て行った。よし!急いで出来るところまで仕事を終わらせよう!




−−−


「伊地知ィ、名前のお弁当、どうだった?」
「ひッ!!…ごっ、五条さん……!きょ、今日、帰られたんですかっ?」


現場から帰ってきた伊地知を見つけ声をかけると、僕が居る事に驚いている様子だ。


「そ、さっきね。昼飯、美味かったでしょ」
「はっ、はい、あのっ大変美味しく、いただきました…すす、すいません……!」
「良かったねぇ〜これ以上伊地知を苛めると、名前に怒られるからなぁ、ま、今回はいっか」




ホッとした様子の伊地知に「明日名前は休みだから宜しく〜。まっ、もしかしたら明後日もかもね〜」と笑顔で告げて、その場から立ち去る。
「ええっ、あ、明後日もですか!?こ、困ります……!」と伊地知の声が聞こえた気がしたが、知らんぷりだ。





今夜から名前を離すつもりはない。無駄な仕事が入らないように学長にお願いしてこよっと!






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