それに彼女が気付いているのかどうかはわからなかったが、非情に無防備である事には変わりがない。
(ったく、普段はすごくガード固い癖にこう言う時ばっか……)
『ちょっと聞いてるの?』
『ん? あー……悪ィ、聞いてなかった』
素直に謝ると彼女はオレの顔から手を離す代わりにデコピンを喰らわせてきた。これが地味に痛い。
『何すンだよ』
『何じゃないわ。どのくらい見えないのかって言うのを聞いてるのよ』
呆れつつもそう問い掛けてくる彼女に「そうだな」と授業の時を思い返す。
『大体、真ん中の席で字が見えないくらい』
『全然駄目じゃないの』
そりゃそうだ。だから普段授業のノートなんて碌に取ってない。まぁ、例え見えてたとしても面倒臭いからやらないけど。
『それじゃあ、日常生活すら難しいんじゃないかしら?』
『あ、いや……普段家では一応……眼鏡かけてる』
ああ、ついに言ってしまった。何だか無性に落ち込む。そんなオレの様子を不思議そうにしつつも彼女は言った。
『だったら学校でもかければ良いじゃない』
『それは駄目だ』
『なに見栄を張ってるのよ』
『張ってねェ』
『張ってるわね』
『張ってねーって』
『いいえ、張ってます』
暫く張ってる張ってないの口論が続いたが、オレが彼女に口で勝てた試しがない。最終的にはオレが白旗を挙げる羽目となった。
『チッ……わーったよ、オレの負けだよ』
『ほほ、漸く認めたわねぇ』
『でも眼鏡は絶対にかけねェ』
それだけは譲らないと言うオレに彼女はまだ言うかと言いたげに睨みつけてきた。
『だって……昔からかけてるお前らは周りからも見慣れてるから良いかも知れねーけど、オレみたいのがいきなりそんなんかけたら……なんか………』
『? 何よ』
『………〜〜〜っ、だから! いきなり変わったら周りが驚くっつーか、何つーか……よ。なんか、カッコ悪ィだろ!?』
言ってしまってから盛大に後悔した。違う、本当はそんな事を言いたいんじゃない。でも言ってしまったら、とても情けない事になるんじゃないかって思う。そう思ったら……何だか目元が熱くなり始めて、彼女から顔を逸らしていた。
『……………』
多分、今ので完全に呆れられてしまったかも知れない。今の方が万倍カッコ悪いと思ったが、言ってしまった物は仕方がない。
するとふと、小さな笑い声が聞こえてきた。
『もう、……貴方は本当に馬鹿よねぇ』
そう言った彼女はどこか楽しそうで、思わずそちらを見た。
『いきなり変わった所で、貴方が貴方である事には変わらないのに』
その言葉は、ストンと中に入ってきた。前にもどこかで、同じような言葉を聞いた事がある。それがどこであるか、まではわからなかったが。
でも、その言葉はとても安心するような、そんな感じがした。前に見た夢であの曲を聴いた時のように………。
「………………」
ゆっくりと目を開けると部屋の天井が映った。そこで先程の出来事が夢であった事を理解した。
夢、だけども過去に確かにあった事。
(確か、あの後二人で最初のレンズを買いに行ったんだっけな)
眼鏡からコンタクトレンズに変えてからは、家ですら眼鏡をかける事はなくなった。今でも地球にある実家の机の奥に仕舞ってある事だろう。
それにしても、懐かしい夢を見たものだ。