「つーか、禿げに関しちゃお前に言われたかねーよ」
「ほう、それはどう言う意味だ?」
「どう言うってそりゃ……」
そう言って起き上がりながらアッシュのオールバックにしている生え際を見ると、案の定彼は眉間に深い皺を刻ませて剣を抜き放った。
「よぉし、てめぇ何か言い残す事はねぇな?」
「そうだなぁ……あえて言うならテメェは何しに来たんだって事だな」
「ああ? てめぇがアリエッタ泣かしたってんでウチの副官がうるせぇんだよ!」
成る程、それで何とかしろってンでオレの所へ来たと。でも残念だったな。そんな面倒臭い事オレはやらん。
「つーか、泣かしたっつーけどな。寧ろオレ被害者だから。人の私生活に関わる大事なモンを破壊されてンだよ」
「何を破壊されたって言うんだ?」
「決まってンだろ、そりゃ」
そこまで言いかけてハッとし、口を閉ざした。それを不審がったアッシュが訝しげな視線を寄越したが、全て無視をした。
「別に、何だって良いだろうが。それより早く帰れよ」
まだお前仕事中だろ、とそう言うとますます顔を顰められた。そんな顔ばかりしてるとその内眉間の皺が取れなくなりそうだ(既に手遅れかも知れないが……)。
そんな事を思ってると空気を読んだのか、アッシュは盛大な溜め息を吐いてから剣を鞘に戻して部屋を出ていった。
「……溜め息を吐きてェのはこっちだよ、はぁ」
再び一人になった部屋で小さくそう呟き、もう一度ベッドに寝転がった。大して動いてないから、多分バレてないだろう。下手に動けばアッシュくらいの奴なら簡単に異常に気付くだろうから、あまり長く留まらせる訳にはいかないのだ。
常にあった物がなくなると言うのはこんなにも不便だなんて思いもしなかった。腐れ縁の幼馴染みの一人のようにしょっちゅう眼鏡を着けたり外したりをしていたなら、また違ったのだろうが。
「チッ、不便ったらねーぜ」
それもこれもあのガキ共のせいだ。あんなでも騎士団の幹部級の実力者もいると言うのだから世も末である。
(だからガキは嫌いなんだよ)
煩いし、話を聞かないし。何をやっても許されると思ってるあの態度とかも見てて苛々する。
そう、それはまるで………
(………いや、もー考えンのはよそう)
少し早いが、今日はもう寝よう。明日の任務については……何か別の方法を考えるしかない。
そう無理矢理自己完結して考えを振り払い目を閉じる。すると思った以上に早く眠りは訪れたのだった。
*◇*◇*◇*◇*◇*◇*◇
『あら、貴方目が悪いの?』
気配もなく現れた彼女は何の前触れも突然そう言った。
『わ、おま……いきなりびっくりすンじゃねーかよ』
そう言うとオレの反応に満足そうに笑いながら「ごめんなさいねぇ」と謝った。それから直ぐに先程と同じ質問を投げ掛けてきた。
『それで……目が悪いの?』
『あー……まぁ、悪いンじゃねーの? 多分』
『何よそれ』
曖昧な答えに呆れたように溜め息を吐かれてしまった。それに思わず視線があちらこちらに言ってしまう。すると今度はそれが気に入らなかったのか彼女は人の顔を両手で掴むと無理矢理向かせてきた。
『いてっ』
『ちゃんとこっちを向きなさい。私の顔、しっかりと見えてる?』
『流石にこんだけ近かったらよく見えるって』
無理矢理向かされた事によって相手との距離が一気に縮まった。恐らくオレが少しでも首を前に動かしたら、その唇に触れる事も出来るだろう。