忘れられた子守唄 (3/21)


「………オイ、何してンだテメェはよォ?」



シンク、と先程から人の朝食を横領する仮面を着けた少年の、子供特有のその柔らかそうな頬を両手で引っ張る。



「ひゃひって、あはほはんはべひぇふひょはゃわひゃらないふぉ?」



何って、朝ご飯食べてるのがわからないの?と言いたいらしい。つーか、物食いながら喋るな。

このガキ……シンクはよく人の食べ物を横取りする。気紛れで何か料理やおやつを作れば真っ先にやってくる。その辺にちょっと食べ物を置いておくと3秒でなくなる、と言うくらいの大食らいだ。
この食に対する欲と言うか、執着は何なのだろうか。同じ人物が元のレプリカである現導師や、コイツの被験者だって大食漢だと言う話は聞いた事がない(寧ろ身体が弱いせいか食が細いと導師守護役が言っていたのを聞いた事があるくらいだ)。

頬から手を離してそう言うと、シンクは口の中の物を飲み込んでから答えた。



「良いじゃん。育ち盛りなんだよ。そもそも導師と比べるなんて間違ってんじゃないの」



ボクはアイツらと違って健康なんだよ、なんていけしゃあしゃあな事を宣う。そして懲りずにまたもや人のおかずに伸びかけた手を叩いた時、次なる厄災がやってきた。



「シンク!!」



悲鳴に近い声を上げてやってきたのはアリエッタだった。その後ろからはフードを目深に被った子供、クリフがついてきていた。

しかしながら何故にアリエッタは両手にいつもの妙な縫いぐるみではなく、蜜柑を大量に抱えているのだろうか。そんな事を思っていると、直ぐにその疑問は本人の口から解決された。



「シンク……またアリエッタとお友達のおやつ食べた!」



もっと沢山あったのに、と泣きそうに叫ぶアリエッタに「ああ、またか」と半眼になってまるで悪びれる様子のないシンクを見た。



「だからいつも言ってるじゃん。その辺に置いておく方が悪いって」

「その辺じゃないもん! ちゃんと一カ所に纏めてた!」

「床に乱雑に置かれてるのは一カ所に纏めてるとは言わないよ」



ハッと鼻で笑うシンクにアリエッタは返す言葉がないのか、ブルブルと肩を奮わすと右手の蜜柑を投げ付けた。



「っ、シンクのバカ!」



と、投げたは良いが元々あまり腕力が強くない為、蜜柑はあっさりとシンクにキャッチされてしまい、挙げ句の果てにそのまま皮を剥いて頬張られてしまった。



「あぁっ!?」

「馬鹿だなぁ。あんな攻撃じゃあ、猛獣に餌やってるようなもんじゃねーか」

「それは的確な表現ですね」



思わず呟いた言葉に事の成り行き見ていたクリフも同意する。すると何故かアリエッタはオレだけ睨みつけてきた。



「アリエッタはバカじゃない、です! グレイも嫌い、あっち行って!」

「ヘイヘイ、わっかりましたよー」



こっちだっていつまでもこんな煩い所にいたくねーよ。そう言って既に半分以上食われた朝飯をそのままに席を立った時、突然思い付いたようなクリフの声に動きを止めた。



「あ、そうだ! アリエッタ、良いこと思い付きましたよ」

「良い事?」



首を傾げるアリエッタにクリフは楽しそうに頷いた。今までの経験上、こう言った性格の奴が楽しそうに笑う時、碌な事がない。
思えばこの時さっさとどこかに行っていれば、後の惨劇を生まなくて済んだのかも知れない……と、後悔するのは数時間後の話である。



「アリエッタ、貴女の力では残念ながら格闘馬鹿なシンク参謀長には効果がありません。ですから、力ではなく頭を使いましょう」



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